真実(本質)に基づかなければ幸せになれない

  わたしたちは結局、真実( 本質 )に基づかなければ本当に幸せにはなれないようです。あらゆる形の虚偽は、幸福を感じるわたしたちの心を汚してしまい、その結果、わたしたちが純粋に、そして、完全に幸せになることを妨げてしまいます。さらに、虚偽は、時間を追うごとに増殖していきます。いわゆる、嘘の上に嘘を重ねていくような結果になってしまいます。このような嘘の上塗りの上に、他人の信頼も、そして、自分自身の信頼(自信)も築くことはできません。
  同じように、国家間の信頼も、真実の上でなければ築くことができません。お互いが真実を捻じ曲げて、自国に都合のいい言動を取るような国は、他国から信用されることがなく、また、他国との間に真の融和的関係を築くことができません。
  わたしたちは日頃、ややともすれば自分に都合のいい虚偽の上に生活しています。また、わたしたちは社会にはびこる虚偽を見てみぬ振りをして生活しています。わたしたちは虚偽だらけの社会の中で、自身も虚偽にまみれて生きています。これでは、いつまでも、個人的にも国家的にも人類的にも、本当に幸せになることができません。このような嘘にまみれた状態から抜け出して、一日も早く、真の幸福を生きることができるような社会と生活を実現していきたいものです。

この記事へのコメント

凡人
2005年09月18日 16:05
何を持って真実、真理とするかは一概に言えませんが、私は人間の幸福には、何を価値あるものと考えるかによって違ってくるように思うのです。
たとえば、日本人は調和ということを大事にし、集団からはみ出すことを嫌います。自分の属する集団に受け入れられることが幸福の条件とすらなっています。
ところが、神を信じる国では、神の前に誠実であることが幸福の絶対条件となっております。あるいは、儒教を信じる国にあっては、祖先をないがしろにして幸福はありえません。

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