本質主義者の願い

  人間の内なる最高本質である精神は、この世の本質(的な存在たち)と全一的に関係し合いながら、わたしたちの心にとってよりいっそう美しいものを創り出します。本質的な美しさは、大自然と人間精神との本質的な関係が生み出す、いわば、『本質の華』なのです。
  本質的なものは全一的ですから、必要以上に貪るということがありません。ただ、世界に向かっていのち一杯に自己表現して新たに純粋で豊かな本質を生み出します。本質にとって新たな本質を生み出すことはどこまでも本質的なことですからそこには純粋な悦びと真の豊かさと美が伴うのです。
  しかし、この全一的な本質を忘れてしまった非精神的で自己中心的な自己表現は世界の本質を逆に損ないます。個人的にも、組織的にも、社会構造的にも、また、文明的にも、人類的にも、この世の本質を見失った自己中心的な活動は世界に美しいものを創り出すことなく、一方的に本質を破壊し続けます。そして、それがそれぞれの臨界点に達した時に、個人的、地域的、国家的、文明的、人類的、地球生命系的な滅びに至ります。
  本質的なものは健全な繁栄と悦びと美を伴うのに対し、反本質的なものは反対に不健康な退廃と苦しみと滅びをもたらします。
  このようなこの世の真実相に随順しようとする本質主義者が求めることは単純です。すなわち、わたしたち人間の内なる最高本質である精神性を高めてこの世の隅々にまで本質を満ちわたらせること、ただこの一事だけなのです。

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