いのちの本質は永遠から永遠に向かって生きる


  わたしたち現代人は通常、今日から明日へと習慣的で散文的な日常性を生きているのですが、わたしたちのいのちの本質は常に、いわば、永遠から永遠へと転じていく全一的永遠性そのものを生きています。そして、本質主義者は、人生とは本来かくあるべきだと考えます。すなわち、単に習慣的な日常性を生きるのではなく、全一的な永遠性を日常的に生きていくことこそが真の人生だと考えるのです。そして、この世に生を受けたすべての人々がそのような人生を生きていくことができるような地球社会を実現したいと願います。
  また、本質主義者にとっていのちの本質は純粋な悦びです。すなわち、あらゆるいのちはこの世に純粋な悦びとして生まれてくると観るのです。そして、人間の内なる最高本質である精神は、究極的に自己自身と世界とを自他一如の全一世界として了解し、その精神の全一統合機能の働きによって、自らのいのちの純粋な悦びの日常的経験をそのまま詩的な永遠的経験へと変換します。それと同時に、その時間性を超えて永遠性へと融合するいのちの本質的な純粋経験を、いわば、無の上の絶対的経験として感受し、そのことに対して一切万象の母なる永遠本質に向かって無限感謝するのです。そして、このいのちの本質的な経験に伴う根源的な悦びと感謝の念が本質主義者を自己中心的な貪りの心から解き放ってくれます。
  かくして、本質主義者は、自らの自己中心性を超えて、この世に生を受けることのできたすべての人々が、いのちの純粋な悦びと感謝の念を持って、それぞれの内なる永遠性を日常的に生きていくことのできるような本質的なユートピアを実現したいと切に祈るのです。

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