本質的土俵


  本質主義者は、人はいつまでも物を中心とした資本主義的な貨幣経済や自由貿易の土俵上で相撲を取っていてはならないと考えます。すでにその土俵で優位に立っている勢力とまだ劣位にある者たちとの間には埋めがたいほどの技術的な差やシステム的かつルール的な不公平があり、そのような土俵で相撲を取ってもまったく公正さが期待できないからであり、また、それ以上に本質主義者との間に横たわる価値観の違いや精神的な隔たりもすでに埋め難いものがあり、さらには、その資本主義的な社会システムそれ自体が反本質的であり、その反本質性がこれまでこの世にもたらした自然破壊や社会問題が今ではほとんど解決不能な状態にまで立ち至っているからです。
  このように、本質主義者にとって、そもそも現代の貨幣経済や自由貿易のシステムそのものが自らの望む社会システムからは程遠く、それは乗り越えられ、やがて破棄されるべき対象に過ぎないのです。また、本質主義者は、そのシステムは遠からず自らの力では解決不能の自己矛盾によって自壊してしまうに違いないと看做してもいるのです。そして、そのような反本質的な社会システムはその自壊していくにまかせながら、一方、本質主義者は、そのシステムの足元から、本質的な価値観に基づく本質文明ないしは本質社会創造のためのまったく新しい土俵を用意し、その上で相撲を取ろうとするのです。いえ、土俵の上で相撲を取るというよりはむしろ、境界線のない広場の上ですべての人々と共にいのちの本質的な円舞に興じようとするのです。なぜなら、それはもはや利己的、国家的な対立・競争の排他的世界ではなく、むしろ、人類一体的な協奏・協調の親和的世界に変わっているからなのです。
  本質主義者は、かくして、現代の偏狭な資本主義社会を超えて、全一調和的な本質主義社会を、人類の明るい未来に向かって打ち建てていこうとするのです。

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