意識の全一性を取り戻す

  なぜ、わたしたち現代人はこれほどにもいのちの本質に疎くなってしまったのでしょうか。なぜ、わたしたちの生きているこの現代世界はこれほどにも反本質的なものに変質してしまったのでしょうか。本質主義者はその原因を、わたしたち人間の意識のあり方が本来の全一性を見失って、断片化し、偏向し、目先の損得に囚われるようになったからであると考えるのです。
  本来わたしたち人間も、他の生き物たちと同じように、全一的な本能や直感や無意識といったものによって、仲間たちと共に純粋にいのちの本質そのものを生きていたのでした。そして、そこには常に自分たちがより良く生き延びていくための全一的な工夫や戦略があったのです。
  ところが、知性が発達してくるに従って、その全一的な本能や直感や無意識といったものよりはむしろ、わたしたちの新しい表層的な意識に頼って、それが捉えることのできる限られた部分に強い焦点を当てながら物事を考え、判断し、行動に移すようになっていきます。それとともに、わたしたちは本来持っていた全一的なバランス感覚を徐々に失っていき、その代わりに、部分に囚われた自己の表層的な意識にとって有利だと思われる行動を選択的にとるようになっていくのです。そして、狩猟や漁労や木の実などの採集的な生活から、次第に、農耕や工業やサービス産業を中心とした生活へと移行していきます。そして、その流れの中でわたしたちの意識のあり方も急速に全一的なバランスを欠いたものとなり、また、知性のさらなる発達と共に次第に個人主義的な傾向を強め、また同時に、自然との全一的な調和も決定的に失われてしまったのでした。そして、今や、わたしたち現代人は極端なまでに利己的になり、打算的になり、物質主義的になってしまいました。そして、その結果、自然環境も、社会環境も、精神性も甚だしく劣悪化させてしまったのです。ただ、わたしたちの表面的な意識が求め続けてきた人工的な生活の便利さや快適さや心地良さや物質的な豊かさなどを手に入れることはできました。しかしながら、それもさまざまな社会問題や自然環境問題を孕んだ、もろくて壊れやすいものに過ぎないのです。
  このような長い歴史的な流れの中で、本質主義者は今一度いのちの本質に立ち返って、現代社会が抱えている数多の問題を抜本的に解決したいと考えます。そして、そのために、まずは、わたしたちの意識をできるだけ本来の全一的なものに近付けようとします。そして、今やすっかり習慣化してしまったわたしたちの部分思考的な意識による判断内容を、一旦、意識的に、全一的な直感や本能や無意識などの識閾へと返しながら、その全一的な意識のフィルターを通すことによって、より本質的でバランスのとれた判断に近づけようとするのです。すなわち、わたしたちのバランスを失った部分思考による判断をそのままの形で行動に移したりするのではなく、まずは一旦それをわたしたちの内なる全一的な直感に連結して、よりバランスの取れた本質的な方向性をそれに与えた後はじめて社会的行動に移す。そして、そうすることによって、現代社会をより本質的なものに変えていこうとするのです。
  かくして、本質主義者は、より良い未来社会を創るために、何よりもまず、その意識において、常に、より本質的であろうと試みるのです。

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