本質主義者と本質


  本質主義者は、現実ではなく本質により重きを置きます。すなわち、現実をそのままの姿で認めるのではなく、本質との関係において見つめ、それが本質から隔たっている場合にはできるだけ本質に近付けようとするのです。
  本質主義者にとって本質とは、この世本来の姿であり、それは常に全一的な完全調和状態にあります。そして、そのことは、自然系であろうと、生命系であろうと、あるいは人間社会においてであろうと、すべて同じように当てはまるものなのです。ですから、本質主義者にとって本質とは、この世の一切万象に当てはまる本来あるべき姿であり、それは全一的な完全性ないしは理想的な調和状態を意味します。そして、そのような状態にある時、わたしたち人間も含め、すべてのものが最も良く自らの本質を転じることができると考えるのです。
  かくして、本質主義者はあるがままの宇宙の姿に全一的な調和状態を認めます。それはその凄まじい変化の唯中においても常に全一的な調和状態を保っているのです。そして、そこには純粋な必然性が支配しています。また、同じように、この地球の生命系においても、その天然自然の状態においては、さまざまな生き物たちの間の過不足のない必要性に応じて変化する生態系的な必然性が支配しているのです。そのために、そこにもまた常に全一的な調和状態が保たれます。本質主義者はそれらの中に本質的な美と価値を認めます。
  さて、さらに本質主義者は、人間社会もまた、大自然におけると同じような全一的な調和状態になければならないと考えます。しかしながら、今本質主義者が人間社会を見る時、そこに著しい歪みと偏りに満ちた不調和状態を認めざるを得ないのです。本質主義者は、そのような反本質的な社会状況を否定し、それを速やかに本来あるべき完全調和状態に引き戻そうとします。その時、本質主義者は、その目標に直に向かうために、本来あるべき理想社会のヴィジョンを描き、現実を乗り越えて少しでもそれに近付こうと力を尽くすのです。

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