本質主義社会のヴィジョン


  未来の本質主義社会の人々は一つのヴィジョンを共有します。それは、この世の『 本質的な豊かさ 』、ないしは、『 本質的な美しさ 』のヴィジョンです。なぜ、本質的な豊かさ、ないしは、本質的な美しさのヴィジョンなのでしょうか。それは、本質的に豊かな世界は本質的に美しく、また、同じように、本質的に美しい世界は本質的に豊かだからです。そして、本質主義社会の人々はこのヴィジョンを共有しながら、本質的に豊かで美しい世界をそれぞれのいのちの本質を自由に転じながら創っていくのです。
  ところで、現代に生きる本質主義者は、同時代を共に生きている現代人の多くの人々が物質的な経済活動に囚われて、いのちの星であるこの地球の自然を甚だしく汚し、破壊し、また、凄まじい勢いで生物の種を絶滅させ、自ら自身も社会的にさまざまな矛盾や問題を抱えて苦しみ悩んでいるのを見ながらその心を痛めているのです。本質主義者の目に、この美しく豊かであった水の惑星は、もう本質的にすっかり汚れ貧しくなってしまい、今では少しもその本来の美しい様相を留めていないのです。そして、増殖し続ける都会ではいたるところに無味でグロテスクなコンクリートビルが建ち並び、その中で大自然と切り離され、現代社会の反本質的な経済機構の歯車と化した人々がせわしく蠢いているのです。しかし、そこにはほとんど人間らしい精神的な輝きが見られません。まさに金と便利さと表面的な快適さと束の間の享楽に心を奪われた無数の欲望たちの虚しい蠢きがあるだけなのです。
  そして、本質主義者も、そのおぞましい時代的流れに激しく翻弄されながらも、また常に本質的なヴィジョンを抱きながら、この世に本質世界を引き寄せたいと念じ続けてもいるのです。

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