No.1099  この世の本質である全一性の象徴としての花


  本質主義者は、草木が咲かせる美しい花々に、この世の本質である全一性の象徴を見ます。それは、本質主義者の目には、それぞれの草木のいのちが全宇宙と一体となって咲かせた本質そのものの輝きであり象徴と映るからなのです。それは決して個々の草木に咲く孤立した花なのではありません。それぞれの草木が、全宇宙から受け取った純粋なエネルギーによって育んだ全一統合的な花であり、また、全宇宙に向かって咲かせた全一調和的な花なのです。
  しかし、このことは独り美しい花にだけ当て嵌まるのではありません。これはこの世のあらゆる存在についてそのまま同じように当て嵌まるのです。すなわち、この世の一切万象は、全宇宙から受け取った純粋エネルギーによって自らの存在を保ちながら、全宇宙と一体となって、そしてまた、全宇宙に向かって、自らの本質を刻々と転じ続けているのです。つまり、この世の一切は、その本質において、いわば、その一つ一つのものが『 全一的な花 』に他ならないのです。
  この世をこのように観じる本質主義者は、わたしたち人間も、そしてまた、わたしたち人間が形作る社会も同じように、本来、一つの花のようでなければならないと考えます。そしてそのために、わたしたちの精神性をより高めて本質化し、また、社会のシステムや構造もより公正なものへと本質化していかなければならないと考えるのです。そして、そのような本質化のプロセスの中で、この本質に充ち満ちた宇宙から受け取った純粋エネルギーによって、自らのいのちの本質を育みながら、それぞれが十全に、そしてまた、浄らかに、それぞれのいのちの花を咲かせ合わなければならないと感じるのです。

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