No.1924  永遠を永遠として生きることができる本質社会を思念する


  わたしたち愚かな現代人は、いつも辺りに大自然の全き永遠が現前しているというのに、資本主義という名のまがいものの経済システムの網の目にすっかり身も心も絡み取られて、あろうことか、この世で一番大切な大自然といのちの本質を、日々、汚し、損ない続けています。
  精神さえ健全であれば、この世の本質から逸脱して久しいわたしたち人間といえども、誰でもが目の前の永遠そのものに大きく包まれて、この世の本質である永遠を永遠として生きることができるというのに、目先の事に囚われて、日々、経済的日常性を生きているわたしたち現代人にとっては、悲しむべきことに、それもまた、思いのほか難しいことになってしまっているのです。
  そのような、本質的に貧しい現代世界の真っただ中にあって、本質主義者は今日もまた、誰でもが、この世本来の無辺の永遠の大きな懐に包まれて、自らの内なる永遠を永遠そのものとして自由に生きることができるような悠久の永遠現前社会をつくろうと、深く思念しているのです。

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