No.3583 存在の主語について



  この世に存在しているあらゆるものの究極的な主語は、その存在を存在せしめているこの世の根源的な実体にして絶対的な本質、すなわち、聖なる精神エネルギーでなければならない。 すなわち、この宇宙におけるあらゆる物理現象も、生命活動も、われわれ人間の実存も、その活動の究極的な主語は常に聖なる精神エネルギーであり、そしてまた、その主語に続くべき述語は、聖なる精神エネルギーの性質や働きや状態や状況、あるいは、聖なる精神エネルギーの全一統合的な完全性を最も正しく表す、包括的でアナログ的な諸概念でなければならない。 例え、分析的でデジタルな概念を用いるにしても、それは常に包括的・アナログ的な概念との有機的関係性を意識しながら為されるべきであり、決して、大自然本来の全一統合的完全性を無視して人間の勝手気まま、自由放逸に用いられてはならないのである。 それ故、いかなる詭弁も否定されねばならない。


  人間が用いる諸言語の究極的な主語は、この世の根源的実体である聖なる精神エネルギーそのものでなければならない。 断じて、個人あるいは企業や社会や国家や宗教などの集団、組織、イデオロギーなどの部分的、断片的な、一方に偏った似非( えせ )概念などであってはならない。 さらには、それは人類や哺乳類や地球生命系などのより上位の類概念であってすらもならない。 なぜなら、これら部分的・断片的な主体は、万物万象の究極主語たる聖なる精神エネルギーに包摂されて初めてこの世に存在できているのであるから…。 この事を忘れたり無視したりしてはわれわれ人類はあらゆる活動において間違ってしまう。 ましてや、人間の個人的エゴなどを主語とするなどは論外中の論外であり、インド=ヨーロッパ語族などに典型的にみられるように、個人的エゴを異常なまでに突出させるような言語体系からは本質破壊的な文明しか期待できず、結果的に、そのような言語が生み出した物質主義的な欲望の無限追求的文明が地球上にもたらしたはかり知れない程の本質破壊の終局的な清算として、今や予想をはるかに超える急速な地球温暖化の進行などによって人類が滅亡してしまうかも知れないなどという愚か極まりない事態をわれわれ現代人は迎えてしまっているのである。


  ところで、もしもわれわれ人類が、このような人類滅亡の危機を運良く乗り越えられた暁には、生き残った人類は強い自覚を持って、この世の根源的本質である聖なる精神エネルギーを主語とするような、全一統合的な調和に満ちた、より高次の文明を新たに築いていく必要がある・・・


  未来の高次文明において使用されるべき諸言語の究極主語は、『 聖なる精神エネルギー 』、ないしは、人為的な時間概念などに縛られることのないどこまでも本質的で無限定的な『 永遠 』、あるいは、『 永遠場( えいえんば )』等とする。そして、それらを人間のあらゆる言語表現の基底を支える顕在的かつ潜在的な主語としながら、大自然と人間との本質的な関係性の上に、本質的でホリスティックな新しい多様な言語空間を、注意深く再構築していかねばならない・・・


  言語のあり方は人間世界に致命的な影響を及ぼす!


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