No.3666 LOTUS 200( ロータス トゥーハンドレッド ) 1 



LOTUS 200( ロータス トゥーハンドレッド )


   第 一 部


     1


 長いトンネルを抜けるとそこはもう終着駅だった。車内で知り合った山本さんの後に続いてリニア・モーター・カーを降りて驚いた。あたりに広がる景色はまるで公園のようであった。どこを探してみても駅舎のようなものは見当たらず、改札口すらもなかった。ただ、めずらしい木造りのプラットホームの先に、色とりどりに綾なす花々と木々の広がりがあるだけだった。
  山本さんは呆けたように立っているわたしに気が付くと、人のよさそうな笑みを浮かべながら、さあ、小山さん、こちらですよ、と言って、あたりに乾いた靴音を響かせながら歩き始めた。その後を歩きながらわたしは足元のプラットホームをしげしげと眺めていた。それは名工の手になる、まったく手抜きのない芸術作品とすら言えるほどの造りだった。それはまた、よく手入れが行き届いていた。その時、わたしはなぜだかふと、自分がどこか異質な世界に紛れ込んでしまったかのような不思議な感覚に襲われた。
  山本さんと共にプラットホームの階段を下り、花と木々に囲まれた広い石畳の道を左斜め方向に進んでいくと、やがて駐車場らしき所に出た。
  そこには、すべての角を滑らかにした将棋の駒のような形をした乗り物が20台ばかり並んでいた。山本さんは薄手のジャケットの内ポケットから電子手帳のようなものを取り出した。そしてそのタッチパネルになにか入力すると、一番手前の乗り物に向かって信号を送った。すると両側のドアが鳥の翼のように開いた。二人はその中に乗り込んだ。ドアが静かに閉まると、それはふわりと空中に浮き上がりそのまま前方に滑り出した。
 わたしは思わず、これはいったい何ですか、と尋ねていた。
 「これは、エアーカーですよ。」
 「エアーカー? 初めて見ました。世の中にはもうこんな便利なものがあるんですね。」
 「これはもう50年以上も前に造られたものなのですよ。水素燃料で走るので自然を排気ガスなどで汚さないですし、全自動で、そして何よりも静かなので今でも広く使われているんです。」
 わたしはその時、自分の時代感覚に変調をきたしているような居心地の悪さを感じた。
 「山本さん、ちょっと変なことをお聞きしますが、今年はいったい何年だったでしょうか。」
 山本さんは目の奥で、おやっ、という軽い驚きの表情を浮かべながら、
 「LOTUS(ロータス)200年ですよ。もう使われなくなってしまった旧暦の、西暦2023年にロータス暦に切り替わってから、今年はちょうど200周年に当たるんです。その記念行事が、今世界中で盛んに行われています。」
  この時はじめて、なぜか自分が二百二十年後の世界にひとり迷い込んでいるらしいことに気がついた。そして山本さんに向かって思わず、自分は西暦2003年の遠い過去からここに迷い込んでしまったようなのです、と、不安な思いとともに正直に打ち明けた。すると山本さんは鷹揚(おうよう)な口調(くちょう)で、あはははは、あなたは面白い人だ、それではそういうことにしておきましょうかね、と言って少しも真剣に取り合おうとはしなかった。
  わたしもそれ以上そのことには触れなかった。たとえ、自分は真実を語っているのだ、と繰り返し訴えてみたところで、信じてもらえそうになかった。正直なところ、自分でもにわかには信じられないのだからなおさらであった。
  今はなにか他の事で、このやりきれないような気持ちを紛らすしかなかった。わたしは20メートルほど上空を時速50キロほどのスピードで滑空し続けるエアーカーの中から、眼下に広がる街中の景色を眺め始めた。
  どの家も、そのおよそ三分の一が建物で、残り三分の二ほどが庭だった。そして、庭の半ばは菜園で、あとは果樹が植えてあったり小さな池があったり花壇になっていたりした。そしてどれも手入れが行き届いていた。ここではだらしのない様子にお目にかかることはできない相談らしかった。
  住居のほかには、小川や大きな池、小さな公園や凝った造りのあずまや・・・・、お寺に神社、それにテニスコートなども眼に映った。しかし、なんといっても目を引くのはその緑の多さだった。

  その時エアーカーが止まり、ゆっくりと下降し始めた。そして、門の前の駐車場のように区画された所に着地した。山本さんはまた例の電子手帳のようなものを取り出して信号を送り左右のドアを開けた。二人が降りると、また信号を送った。エアーカーのドアが閉まり、ふたたび空中に浮き上がってそのままどこかに行ってしまった。
 「山本さん、その電子手帳のようなものは何ですか。」 わたしは思わず好奇心に駆かられてたずねた。
  一瞬、なにを尋ねられたのか、と訝(いぶか)しそうな眼差しだったが、すぐに、ああ、このことですか、これはテレポーターですよ、と答え、そのまま先に立って庭に入っていった。
 「これがわたしの住まいです。ここではみな家庭菜園をしています。それぞれ種類ごとの量は少ないのですが、我が家では、ねぎやほうれん草、それから大根、にんじん、キャベツにキュウリ、たまねぎ、ジャガイモ、なす、トマトそれにさまざまなハーブも植えています。果樹は、柿とブドウ、それにイチジクと梅を植えています… わたしは睡蓮の花が大好きなので、この小さな池と、あそこにある温室で、温帯性と熱帯性の両方の睡蓮も育てているんです。」
 「かわいい花ですね、この花は。」 わたしはすぐ足許の池の中に咲いている黄色い花を指差して言った。
 「これはヒメスイレンという、小さな花を咲かせる種類のものです。」
 「ヒメスイレン?ですか。 あっ、あの白い花の上に糸トンボが止まっていますよ。よく見ると、ここにはたくさんのトンボがいますね。」
 「気が付かれましたか。いや実を言えば、わたしは 『 トンボの会 』に入っていまして、この庭でもいろんな種類のトンボを育てているんです。わたしはまた『 めだかの会 』にも入っているので野性の黒めだかもたくさん育てています。しかし、ちょっとつらいのは、時々トンボのヤゴたちにめだかが食べられるのを見なければならないことです。けれど、それも自然の摂理(せつり)ですから我慢しなければなりませんね。」
  わたしは、そのちょっと悲しげな横顔を見て、山本さんがなんとなく好きになってしまった。


  庭はじつによく手入れが行き届いていた。まるでどこか名のあるお寺の小庭にいるようだった。低い竹垣で仕切られただけの両隣の庭を見ても、まるで手抜きがなかった。住んでいる人のそれぞれの好みのあらわれた、まことに丹精された庭だった。

  二人はやがて温室の前を過ぎ、玄関に来た。鍵のかかっていないドアを開けると、山本さんはわたしを内に招き入れた。わたしは家の中に奥さんかだれかいるのだろうと思った。しかし、中には誰もいなかった。この家は鍵も掛けずに無用心だな、と思った。
  山本さんは靴を脱ぐと、それを玄関の隅にきちんと揃えて置き直した。わたしも負けずに山本さんの靴のとなりに自分の靴を揃えて置いた。
  用意していただいたスリッパを履(は)き、山本さんの背後から廊下を歩きながら、鍵も掛けずに外出なさるなんて無用心ではないですか、と驚きの気持ちのほかに、少しばかり責めるような気持ちも込めて聞いてみた。すると山本さんは平然とした口調(くちょう)で―――このあたりでは誰一人として玄関に鍵をかけて外出するような人はいません。だれも無断(むだん)で家の中には入りませんし、それに家の中には盗られて困るようなものはなにひとつないのですから。また、万が一泥棒が入っても、可哀想なのはむしろ泥棒さんの方で、見つかると修道院と禅堂に、それぞれ3年間も送り込まれるのですからまったく割りに合わないのです。世俗の人間はだれも、好きこのんで人里遠く離れたところで、合わせて6年間もの祈りと座禅と労働や作務(さむ)の厳しい修行を求めたりはしませんからね。
 わたしは呆れて訊(たず)ねた、ここには刑務所はないんでしょうか?
 「刑務所は百年ほど前に廃止されました、無意味で時代遅れになったからです。」
 わたしには刑務所のない社会など、にわかには信じることができなかった。わたしの頭の中は思いっきり混乱してしまった。すでに軽いカルチャーショック状態に陥(おちい)っていた。


  廊下の先は20畳ほどのリビングになっていた。そのほぼ中央にオフホワイトの大きなソファーがL字型に置かれていた。そしてその前には透明なガラステーブルがあり、その先に50インチほどの大きさの液晶テレビのようなものが置かれてあった。また、奥のほうにはキーボードらしきものもあった。
  左側の白い壁を見るとそこにはレオナルド=ダビンチの『モナ・リザ』と、パウル=クレーの、エジプトのピラミッドをモザイク風に描いた『アド・パルナッスム』が掛かっていた。これらの絵はわたしも好きなものだった。元来、わたしは絵が好きで、よく絵画展にも行く。それで、この部屋に飾ってある絵の趣味のほども、ある程度は分かるつもりだった。『モナ・リザ』は自然と人間との宇宙的な照応(しょうおう)を、また、『アド・パルナッスム』は人間の精神世界の神秘的諧調(かいちょう)を想(おもわせた。
  見回したところ、そのほかには鳩時計が壁に掛かっていたり、小さな飾り戸棚が置いてあったりするだけで、室内はいたって簡素だった。
  山本さんは、さあ、どうぞ、ソファーに掛けておくつろぎ下さい、今お茶を入れてきますから、と言いながら部屋を出て行った。それから5分ほども経ったろうか、やがて、お盆ぼんの上にガラス製のポットや湯飲茶碗などをのせて戻ってきた。そして、テーブルの上にお盆を置き、これはたったいま庭から摘(つ)み取ってきたハーブで入れたお茶です、もう少し抽出(ちゅうしゅつ)しますからしばらくお待ち下さい、と言いながらソファーに腰を下ろした。やがて、もうそろそろいいかな、と呟(つぶや)くと、ポットからふたつの茶碗に、交互に少しずつ湯を注いだ。注ぎ終わると、そのうちの一つをわたしの前に置き、「これはヒソップのお茶です、お口に合うといいのですが。」と言って勧(すす)めてくれた。
 「もしよろしければ、お好みに合わせてミルクでもハチミツでも、お好きなほうを加えてください。」
 「はい、ありがとうございます。それでは、いただきます。 …少しも癖のない穏やかな味のお茶ですね、何も加えなくてもこのままでとてもおいしいです。」
 「ああ、それはよかった。」
 山本さんは本当にうれしそうな笑顔を浮かべながら、
 「ところで、小山さん、失礼ですがあなたのお年をお聞きしてもよろしいですか、もし差し支えなければ......」
 「今、ちょうど三十です。」
 「三十才ですか、お若いですね。ところでどの地区からお越しになられたのですか。」
 「地区?ですか。わたしは東京から来ました。」
 「東京?ですか......」と言いながら、山本さんの目がまた少しばかり物思わし気に泳いだ。
 「むかし東京と呼ばれたところは、100年以上も前に30ほどの地区に分割されて、今はなくなってしまっているのですが、......」
  このとき、山本さんは、先ほどの、わたしが西暦2003年の遠い過去からここに迷い込んでしまったようだと言ったことや、子供でも知っているエアーカーやテレポーターを知らないことや、たった今、東京から来たと言ったことなどを考え合わせて、どうもわたしが記憶喪失かなにかで頭が混乱しているのだろうと判断したように思われた。というのも、これは後から振り返って感じたことであるが、これ以後わたしに対する山本さんの態度がより丁寧にまたその説明がより詳しいものになったように思われるからである。これは親が病気の子供に対するような、あるいは精神科医がその患者に対するような、ほとんどこちらの存在全体を柔らかく包み込んでしまうような優しさに溢れていた。そしてその優しさの中に、一日も早く、西暦2003年から現在までの長い空白期間を埋めて、わたしの失われた記憶を回復させようという、山本さんの隠れた願いと意図を感じたのである。それはわたしにとっても大変ありがたいことであった。わたしも実際、西暦2003年からロータス200年と言われている現在までに、いったいどのような歴史的時間が流れたのか、大いに知りたいと思っていたのだから。



     2



 「小山さん、ここはJP-136という地区で、人口は20万人プラスマイナス1万人となっています。つまり、人口の上限が21万人で下限が19万人だということです。この範囲内で人口移動や産児制限が行われ、また食料やその他の生産調整や調達が行われます。つまり、地産地消(ちさんちしょう)ということで、世界中のあらゆる地区においてできるだけ自給自足することが原則となっています。もし、どうしても地区内で賄(まかな)うことができないものがある場合には、最も近い地区と連携(れんけい)・協力を図(はか)って調達します。輸送にかかる無駄を最小限にするためです。無駄は自然環境にも人間の労働にとっても負担になりますからね。
  ところで今、地球上の全人口は約50億です。一時は100億人を超えそうになった時もありましたが、全世界的な人口調整をおこなって現在のレベルに落ち着いたのです。この人口が自然と人間が調和して永続的に生きていけるぎりぎりの線だと今わたしたちは考えています。この数字は、わたしたち人間も自然の一部であり、その自然との調和の中でしか生き続けられないのだという認識の上に立って、欲望の追求を最優先にするような過去の節度のない利己主義や人間中心主義をやめ、大地と水と空気と、そして植物や動物などあらゆる生き物たちとの全体的なバランス状態を保たもち続けることのできる生活様式や社会制度を模索(もさく)し続けてきた結果導き出されたものです。この50億の人間が、自分たちの住んでいる地区の歴史や文化や自然環境などによって形作られたそれぞれの自然的および精神的な風土に合わせて、それぞれの地区を創造的に建設していきます。人口は、砂漠や草原地帯などの人口密度の低い地区で5万人、都市部などの人口密度の高い地区で50万人のところまでいろいろあります。そして、現在、世界にある約3万の地区がそれぞれトランスポーターやさまざまな交通手段や輸送手段を用いて網の目のように連絡を取り合いながら、自然災害やその他のさまざまな予測のつかない事故や困難にも対処 しています。わたしたちの世界では今、『だれも、人の本質権(ほんしつけん)を、いかなる形においても侵害してはならず、また、させてもならない。 』という原則に基づいた完全民主主義ないしは絶対民主主義制度をとっています。すべての地区、およびすべての個人が本質的に平等の権利を持ち義務を負うという制度です。そのため、働ける能力のある20才から70才までの成人は一日7時間、年間200日の公務に就(つ)かなければなりません。その労働の対価(たいか)として、一律(いちりつ)、月20,000ロータスが支給されます。また、住民全員が、衣食住、医療、教育、通信、交通そのほか健康な心と体の維持に必要な基本的な施設の利用に関し、その生涯にわたって無料のサービスが受けられます。しかし、私的所有権は一切認められません。相続権も知的所有権もそのほか個人的ないかなる形の特権も認められません。ただ、生涯にわたる優先的専用権が土地と住居とそれに付随(ふずい)した設備や家具、および衣料品や正当に取得した楽器やその他の道具などに認められるだけです。そのほかの一切は、地区住民全員ないしは地球社会全体の共同管理としています。このような完全平等主義の下で、わたしたちはみな、本質的な思想と行動の自由を日々謳歌(おうか)しているのです。おかげで、今は失業という言葉も自殺という言葉もホームレスという言葉も自己破産という言葉も貧困という言葉も金持ちという言葉も差別という言葉もいじめという言葉も不登校という言葉も引きこもりという言葉もやくざという言葉も犯罪という言葉もテロという言葉も戦争という言葉もほとんど死語になってしまいました。わたしたちは今多くの不安から解放されています。それで、人はみな自分の本当の気持ちに素直に生きることができるのです。」

 そのとき玄関先で人の声がして、やがて、スリッパの音とともに若い娘が部屋に入ってきた。

 「ただいま、お父さん。」
 「おかえり、理沙(りさ)。」

 白っぽいワンピースを着たその娘(こ)は、わたしの方を不思議そうに見遣(みや)ると、山本さんに向かって、だれ? と聞いた。

 「理沙、失礼でしょう、そんな言い方をして。小山さん、許してやってください、まだ
口の利き方も知らないおてんばな娘(むすめ)でして...」

 わたしは恐縮(きょうしゅく)している山本さんに、どうぞお気になさらないでくださいと言いながら、自分は小山幸一だと自己紹介した。すると、その娘は、わたしは山本理沙、中学2年生よ、と言ってニコッと笑った。わたしもその笑顔に引き込まれるようにして笑った。

 「この服何に見える?」

 と言って、理沙は、着ていたワンピースの裾(すそ)を両手で軽くつまんでポーズをとった。

 「何に見えるって?」

 わたしはその唐突(とうとつ)な質問に少し面食(めんく)らいながら、頭をわずかに後ろに引いて理沙の着ているワンピースをまじまじと眺めた。よく見ると、それはどこか白い蝶のようにも見えた。その全体の形や両方の肩と胸にある薄墨(うすずみ)色の斑点(はんてん)などからそのような感じを受けたのだが、さらに襟元(えりもと)の二つの黒い目のようなボタンとそこから弧(こ)を描いて伸びている二本の触角のような刺繍(ししゅう)に気が付くとそれは確信に変わった。

 「チョウチョだ、モンシロチョウだ。」

 理沙の丸いふっくらとした顔が喜びに輝やいた。

「ウッワァー、嬉しい! こんなに早く分かってくれた人、初めてよ。どう、似合うでしょう!」

 と言いながら、理沙はその場でくるりと一回転した。

 「この娘はチョウチョが大好きでして...」と、山本さんが目を細めて言った。
 「この服わたしがデザインして作ったの。 ほかにもあるのよ!」 

 色白の顔を仄(ほの)かに紅潮(こうちょう)させながら理沙は大きな目をさらに大きくして言った。その時わたしは理沙の瞳の色が日本人にしては少し明るすぎると思いながら、

 「自分でデザインして作ったって、そいつはすごいなぁ。」

 と、半(なか)ばは理沙に、半ばは山本さんに向かって言った。
 理沙は笑いながら両手をチョウチョのようにひらひらさせながらそのままリビングから出て行ってしまった。

 「あの娘は今は蝶が大好きなんですよ。これまでにも、もういろんなものが好きになりまして、そのつど自分が好きになったものと一体化してしまうんです。小学校に入る前には花が好きになりましてね。この家の庭や隣りの家の庭に咲いている花、それから公園に咲いている花なんかも好きになりまして、たとえば、スミレやフリージア、コスモスにアマリリスにグラジオラス、それに睡蓮や桜の花なんかも、もう次々と好きになりましてね。それから小学校に入ると、今度は鳥が好きになりまして、すずめや鶯(うぐいす)やめじろやカワセミ、それから白鳥や丹頂鶴(たんちょうづる)、そうそう丹頂鶴が好きになった頃にはよく鶴の舞いを舞っていましたっけ、そのうちついにはカラスまで好きになりまして、そして中学生になった今はチョウチョが大好きなんですよ。おかしな娘でして…、いや、トンボやめだかが好きな親がチョウチョの好きな娘をおかしな娘だなどという資格はありませんがね、いや、まったく、あはははは…」

 わたしは少し薄くなりかけた頭を掻(か)きながら嬉しそうに娘のことを話し続ける山本さんの顔を見ながら、ふと、理沙の顔立ちがそんな山本さんとどことなく似ていることに気が付いて、理沙のことが少し分かったような気持ちになった。

 「かわいい娘さんですね。お子さんはお一人ですか?」
 「いえ、上にもう一人います。先月ちょうど二十歳になったばかりの娘です。大学で地区改善学を学んでいます。」
 「地区改善学?ですか。」
 「はい、世界中の地区ごとの現状を学び、なにか問題があればその改善を提案し、また突然の災害時にその支援や復興を図(はか)ったり、地区と地区との間の連携(れんけい)をよりスムーズにする方法を考えたりする学問です。そしてそのマスターになれば、地区改善員としてその仕事に生涯にわたって専念することができるんです。」
 「よくは分からないんですが、なにか素適な学問のようですね。」
 「ええ、娘もやる気でがんばっているようです。」 

 山本さんは満足そうにうなずいた。

 「ところで、山本さん、日本の人口は今どのくらいですか。」
 「約八千万です。」
 「八千万人ですか。」
 「少ないとお思いですか。」
 「はい、ずいぶん少なくなりましたね。でも、江戸時代の人口が三千万人だったことを思えば十分多い人口だとも言えますね。」
 「そうですね。ところで、小山さん、わたしたちは今ではあまり国という単位ではものを考えなくなりました。すべて、地区と地球社会という単位で考えるんです。昔のナショナリズム的な考えや大国主義的な考えが何世紀にもわたって人類全体に与えた大きな弊害(へいがい)を十分に反省した結果のことです。ですから、日本国民という意識も日本人という意識も今はあまり強くありません。学校で世界史を習うときに少し意識するくらいで、日常生活の中で意識することはほとんどありません。それぞれの地区は地球社会全体と直接つながりあっているのです。それから、いまでは、人種や民族や宗教や習慣の違いなどにこだわる人もいません。それぞれの歴史的文化的な背景や自然環境の違いなどを十分に理解し、お互いに認め合い尊重し合って、共に理想的な地球社会の実現に向かって努力しています。」

 そのとき、理沙が薄いピンク色のタンクトップと白いスパッツ姿でふたたびリビングに入ってきた。

 「ねえ、何の話してるの。」
 「今ね、理沙ちゃんのお父さんにいろいろのことを教えてもらっているんだ。僕が今の時代のことを何にも知らないんでいろいろ詳しく教えてもらっているんだよ。」
 「え、小山さん、大人なのに社会のこと何にも知らないの? 変なの...」
 「これ、理沙、また失礼なことを...」
 「それじゃ、いいわ、小山さん、理沙が教えてあげるわ。遠慮(えんりょ)しないで何でも聞いて!」
 「ああ、それは有難いな。よろしく頼むよ。実は僕、西暦2003年の遠い昔の時代から来たものだから、それで、今の時代のことが何にも分からないんだ。」
 「ウッソー、ホントー? 冗談ばっかし。ほんとにホントー? いいわ、じゃそういうことにしておいてあげる。それじゃ、この理沙ちゃんが何でも教えてあげるから、任(まか)しといて。 じゃ、まず、何から教えてほしい?」
 「そうだな、じゃ、今、中学校で何を習っているのか教えてくれないかな。」
 「なーんだ、そんなこと? ま、いいわ、教えてあげる。」

 理沙は父親のすぐそばに座りながら話し始めた。

 「午前中の4時間は、自然の理解と心の理解の授業で、午後の2時間は保健体育や美術や音楽や家庭科の授業よ。」
 「自然の理解と何だって?」
 「心の理解よ。自然の理解では、宇宙や銀河系や太陽系や地球なんかの歴史とその構造、それから地球生命の誕生からその進化や多様性やエコロジー、そのほか物理や数学、気象学や海洋学なんかも勉強するのよ。そして、心の理解では、いろいろな宗教の教えやその歴史、それから哲学やいろんな芸術、文明史に心理学、そのほか瞑想(めいそう)の仕方なんかも習うのよ。」
 「ふーん。それで宗教の教えってこれまでにどんなこと習ったの?」
 「もういろいろ習ったわ。キリスト教の聖書も読んだし、イスラム教のコーランも読んだし、仏教の原始経典や浄土三部経それから華厳経や法華経の抜粋(ばっすい)なんかも習ったし、それについてみんなで話し合ったりもしたわ。そのほかジャイナ教のことやヒンズー教のバガヴァッドギーターやウパニシャッド、それからアイヌの神話やネイティヴ・アメリカンや中南米のインディオの考え方なんかも習ったし、もちろん日本の神道(しんとう)についても教えてもらったわ。そして、世界にはいろんな宗教や神話、考え方や生き方があることがよく分かったわ。そしてそれらをお互いに尊重し合うことを学ぶのよ。この世界には無限に大きな一つの真実があるだけで、その真実世界のすべてを理解できる人なんてこの世には一人もいなくて、いろんな宗教はその真実世界の一つの見方に過ぎなくて、すべての宗教を集めてみてもその無限に大きな真実世界のすべてが分かるわけでもなく、人間は永遠にその無限に大きな真実世界の神秘を理解しようと努力し続けていかなければならないのよ、ねえ、お父さん。」
 「ああ、そうだね、大変よくできました。」
 「今は中学校でそんなこと習ってるんですか?」
 「わたしたちは、中学校の3年間は精神的なことを吸収するのに最もいい時期だと考えているんです。中学三年生になると、今度は、修道院や禅堂でそれぞれ一週間ずつ祈りと座禅と労働の実地研修があります。それから、道元禅師の正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)や、孔孟(こうもう)思想や老荘(ろうそう)思想についても学びます。われわれは、子供たちが学んでいる今は十分理解できなくてもその後の長い人生の中で次第にその理解も深まっていくものと考えているのです。それからまた、中学生活の最後の一ヶ月に人類の歴史について徹底的に話し合います。人類の歴史を客観的にたどり直し、その良い点や悪い点を再確認し合います。そして、過去に人類が犯したいろんな過ちをふたたび繰り返さないように心に刻(きざ)み込むのです。そして、歴史を超えて自分たちのより良い未来を自分たち自身の手で築き上げるように皆で確認しあいます。わたしたちはこの授業を中学生活を締めくくるのに相応(ふさわ)しい最も重要なものだと考えているのです。」
 「なるほど、それでは小学校では何を学んでいるんですか。」
 「小学校では読み書き算数や、体操や音楽、そしてこれが最も大切なことなのですが、人間と自然との深い関わり合いのことなどを学びます。わたしたちは、小学校はなるべくのびのびと、愛情を存分に受けながら地球社会の一員になるための最も基本的なことを学ばせるところだと考えます。ですから、詰め込み式の授業もランク付けするためのテストもいっさい行いません。ちなみに、小学生までの小さな子供を持っている母親は皆有給でその公務を免除されます。子育てに専念し、十分に愛情を注ぎながら子供たちを導くことができるようにという配慮からです。」
 「へえ、そうですか、それは素晴すばらしいことですね。ところで、高校では何を習うんですか。」
 「高校では主に社会へ出てから就(つ)かなければならない公務や家庭生活に必要な技術を身につけます。農業の基礎的作業や木造建築、造園作業、林業、料理、裁縫(さいほう)などあらゆる技術の基本を実地(じっち)に学びます。そして、一年生と三年生のそれぞれ一ヶ月位を海洋と宇宙について学ぶため、海底都市と宇宙ステーションで生活します。そこで、宇宙と海についてより本質的な理解を深めるのです。」
 「高校生が、宇宙ステーションですって? 海底都市ですって?」
 「はい、それぞれ、スーパー・スペースシャトルとスーパー・シーシャトルで往復します。じつは、わたしは家内と高校三年生のときに宇宙ステーションで出会ったことがきっかけで結婚したんです。」
 「あ、また、お父さんのお惚気話(のろけばなし)が出たわ。」
 「理沙、これ、黙りなさい。いえね、なに、わたしの家内は、たまたまわたしたちの学校が宇宙ステーションに行って研修していたときにAM-085地区から、いや、もっと小山さんに分かりやすいように言えば、昔のアメリカのカリフォルニアあたりから同じように研修に来ていまして、そのときたまたま出会って、なんとなく気が合って、それから付き合うようになって、そしてお互いが22才の年に結婚してここに住み始めたというわけなのです。家内の名前はセレステ(Celeste)といいます。正しい発音はセレストというらしいんですが、わたしはセレステという響きが好きなのでそう呼んでるんです。意味は基本的には空色ということで、その形容詞のセレスティアルは天国のようなとか、神々しいとか、この世のものではない、最高の、という意味になります。また、形容詞だけではなく名詞としても使われて、その意味は天人(てんにん)です。 実は、わたし、家内に宇宙ステーションの展望台で初めて出会ったとき、一目惚(ぼ)れしただけでなく、その名前にも惚れてしまったのです。そしてまた、そのような名前を持った女性と出会ったところが宇宙ステーションの中だったということで、なおさら因縁(いんねん)めいたものを感じてしまったのかもしれません…」
 「ね、小山さん、お父さんはお客様があると必ずこの話をするのよ。娘ながらもうごちそう様って感じ。」
 「理沙はもう少し黙っていられませんかねえ。」
 「いやー、ほんとに素敵なお話ですね。早く奥様にお会いしたいなあ。」
 「いやあ、今ではもう年ですから昔の面影は残っていませんがね。」

 と言いながら、山本さんは嬉しそうに笑った。



     3



 山本さんの奥さんがアメリカ人であると知って、理沙ちゃんの瞳の色が日本人にしては少し明るすぎると感じた理由もこれではっきりした。そして、今は奥さんがどのような人なのか早くお会いして見てみたかった。そしてまたそれ以上に今年二十になるという上の娘さんに会ってみたいと思った。

「ねえ、小山さん、明日はどうするの。今晩ここに泊まっていくんでしょう。ねえ、お父さん、そうでしょう。」
「あゝ、そうだ、小山さん、今晩、家にお泊まりください。それに、明日は土曜日なので、今日、上の娘の美沙(みさ)も帰ってきますからこの地区の案内をさせましょう。私は生憎(あいにく)と用事があってご案内できませんが、美沙なら十分にご案内できますから。」
「理沙が案内してあげるから、大丈夫よ。小山さん。」
「だけど、理沙はまだ十八前だからエアーカーにも乗れないじゃないか。美沙がいなけりゃ十分にご案内できないよ。」
「じゃ、お姉ちゃんと二人で案内してあげるからね、小山さん。」
「はあ…、いや、ほんとに泊(と)まらせていただいてよろしいんでしょうか、山本さん。」
「ぜひ、泊まっていってください。理沙も喜びますから。」
「そうですか。それではお言葉に甘えさせていただきます。」
「ああ、よかった。 小山さん、明日はいろんなところ案内してあげるからね。楽しみにしててね。」
「じゃあ、よろしくお願いします、理沙ちゃん。」
「まかしといて! 理沙がちゃ―んと案内してあげるから。」
「よかったな、理沙。 ところで、小山さん、あなたがこれまでいらっしゃった西暦2003年はどのような年ですか。世紀の変わり目ということでいろいろあったようですが。まあ、おおよそのことは歴史の資料を読んで知ってはいるんですが… また、西暦2003年という年はロータス暦(れき)にとっても特別な年でもあるんですよ。」

「え、そうなんですか? ……あ、はい、まあ実際、今年2003年という年にはすでにいろいろなことが起きています。しかし、それも新しい千年紀(せんねんき)に入った年の2001年の9月11日に起きたニューヨークの世界貿易センタービル爆破テロに端(たん)を発しているんですが…、そして、その報復と、今後のテロを防止するという名目(めいもく)で侵攻してきた強大なアメリカ軍に攻撃されて、2001年にはアフガニスタンが、そして今年2003年4月にはイラクの政権があっという間もなく崩壊(ほうかい)してしまいました。この一連(いちれん)の戦争でアメリカ合衆国が使った高性能の新兵器の威力(いりょく)に世界中が驚かされました。また、その武器の威力だけでなく、小型の核兵器すら含んだアメリカの新兵器開発への執念や、国連を軽視したその過剰防衛的な強引さにも驚かされました。それは時代の流れに逆行した、なんとなく独り善がりの場違いな国…という印象でした。 その後、アメリカはイランに対しても圧力をかけている様子が窺(うかが)われます。そして、つい先日の7月1日には、イランの核開発疑惑やテロ支援を理由に、イランと日本企業との間のアザデガン油田開発事業についても、その契約の調印を、イランが国際原子力機関の追加査察を受け入れるまでは延期すべきだという考えをアメリカ側から日本政府に伝えてきています。そのほか、今もイスラエルとパレスチナとの間の対立が続いていますし、北朝鮮をめぐる情勢も緊迫してきています。それから自然環境問題の一つである地球温暖化現象なんかもさらに顕著になりつつあります。」
「そうですね。ところで、小山さん、西暦2003年にはLOTUS暦について書かれたユートピア小説がインターネットというもののホームページ?でしたでしょうか、を通じて初めて連載されているんですが、お気付きになっていらっしゃいましたか。」
「いいえ、まったく知りません。そのようなものが連載されていたんですか?」
「はい。まあ、お気付きでないのも無理はないのですが、実際そうなんですよ。そして、しばらくはほとんど話題にもならなかったんですが、やがてそれでも徐々じょじょに知られるようになりまして、発表から十年後の西暦2013年には、そのユートピア思想に共感したインターネット上の一万人余りの会員が中心となって、ロータス暦準備委員会が設立されたんです。そしてそれからさらに十年後の西暦2023年に会員数が百万人を突破したことを祝って、その年を、会員の圧倒的多数の合意の下で、ロータス元年として会員間で正式に認定し、また、新たにロータス ネットワークという組織が設立されました。そして、世界中の支部を活動の中心基地として、新しい理想的な地球社会の構築に向かって積極的に動き出すことになります。それから百年後のロータス100年、西暦で言えば2123年にほぼ世界中がロータス ネットワークに統合されて新たな地球社会がスタートし始めます。そしてそれからさらに100年後の今年、ようやく理想世界らしくなってきまして、その達成の喜びも込めて、今、ロータス暦200周年記念のさまざまな行事が世界中で行われているという訳なんです。しかし、これまでの道のりは決して平坦なものではありませんでした。それも今はこのように報われて地球市民全員が喜びに湧いているんです。」
「そうですか…。しかし、なんだか不思議な気がするものですね、自分にとってはまだ未来のことをまるで過去のことのように教えてもらえるというのは。 ところで山本さん、話は変わりますが、先ほどのお話の中で人の本質権というものについてお話しでしたが、そのことについてもっと詳しく教えていただけませんでしょうか。わたしにとってはとても耳新しい言葉なので......」
「はい、いいですとも、喜んで。 本質権というのは人間の一生にとって最も大事な権利で、わたしたちのこの社会制度もこの権利を保障するためにあると言ってもいいほどなんです。本質権とは簡単に言いますと、人がこの世に生を受けてやがてこの世を去るまでの生涯にわたって、その命の本質を自由に生きていくことのできる権利なのです。その権利は、親といえども侵害することができません。また、妻や夫、あるいは子供や孫といえども侵害することのできないその人固有の権利です。さらには地域社会ですら侵すことができません。むしろ地域社会はその権利を保証する義務があります。ところで、ここで命の本質というのは、決して自己中心的な好き勝手をするということではありません。むしろ大自然と一体の、全一的な純粋生命活動を、思慮深く自覚的に展開していくことを意味しています。ですから、人は誰もその命の本質を生きるために、先ずその命の本質を正しく理解していることが求められます。しかし、もしもその理解が十分でない場合には、本質権は一時的に剥奪(はくだつ)されて、その人は再教育を受けなければなりません。ですからこの社会では本質理解が人間としての市民権を得るための最低条件なのです。だれも無思慮(むしりょ)に無責任な行動をとることは許されません。そのために、地域社会は学校教育および社会の教育力などを総動員して個人個人の本質理解を深めようと努力します。個人の本質理解の不足は社会全体の責任だとの考えからです。その意味において、私たちの社会は過去の文明よりも精神的に一段階進んでいるということができるだろうと思います。
 ところで、本質権すなわちそれぞれ一人一人がその命の本質を自由に生きることができるために、地域社会は次のことを保証します。すなわち、生涯にわたる、基本的な衣食住、医療、教育、汚染のない清らかな自然環境、さまざまな運動施設や娯楽施設や自己啓発施設、それから通信・交通システムなどの無料利用。また、18才からは参政権とエアーカーなどの特別交通システムの個人利用権が、また、20才以上の成人には、結婚権、この結婚権には結婚と同時に400㎡(約120坪)の土地と、その内40坪に家を建てる権利が与えられ、残りの80坪を家庭菜園と果樹を含んだ庭を造りそれを適正に管理していく義務が課されます。一方、独身者には200㎡の土地に20坪の家を作る権利が与えられ、40坪の庭を造りそれを管理する義務が課せられます。また、18才から20才までの間に大学教育を受けない者には社会福祉関係の奉仕義務が課されます。そして20才以上で大学教育を受けない者は一律に一日7時間、年間200日の公務に就かなければなりません。その対価として一律、月20,000ロータスが支給されます。これは70才まで続きます。…ところで、衣食住についてもう少し具体的に説明しますと、まず住居ですが、結婚が決まりますと、二人が希望する土地の区画に住宅を建て庭をつくるために、その設計から建築までを、六ヶ月間かけて、それぞれの専門家と婚約者を中心にいろいろ相談しながら推し進められます。そして、その建て前の時には近所の人たちも多くボランティアで手助けに駆けつけます。そして、家の完成とともに結婚式を挙げて二人は入居します。家は少なくとも70年以上は持つように造られ、基礎部分には免震構造や、生活廃水処理のため微生物を利用した自然浄化システムが完備され、その浄化された水は庭の池や草木への水遣り用に使われます。また、電気エネルギーは太陽電池や燃料電池が主に利用され全て自家発電されます。そしてその燃料電池用の水素も浄化システムで作られた水から取り出されます。部屋の中は全て冷暖房完備しており、音響システムも組み込まれています。それから、テレポーターで受信した映像情報を大型画面で見るために50インチのモニターが置かれ、その他、個人用の小型のモニターも支給されます。その他、全自動の洗濯機や掃除機、それから冷蔵庫やキッチンシステムが完備されます。このように生活は文化的な状態を維持できるように配慮されています。しかし同時に私たちの利用する家も施設も電化製品もその他のさまざまなシステムもできるかぎりリサイクルして自然への負担を最小限に止(とど)めるように工夫されています。
 食料に関しては、週二回、ひとりそれぞれ1,000ロータス分の食品のリストを家ごとにまとめてテレポーターで注文し、それを近くの食品集配所に指定された曜日ごとに各家庭から取りにいきます。その時運搬用には各家庭専用の小さなコンテナが使われ、ゴミになるような包装は一切されません。わたしたちの社会では一般ゴミの収集は行っていません。ゴミはまったく出ないようになっていますから。野菜くずなどは各家庭の庭で肥料として有効利用されますし、その他あらゆるものがリサイクルされるシステムが完成していますから…
 衣料品については、リサイクル品展示場に行けば無料で手に入りますし、新しい自分のオリジナルのものが欲しい場合には、有料で生地を購入し、デザイン専用シートに好みのデザインを記入して生地と一緒にドレスメーカーにセットすれば自動的に裁断し、プリントし、縫製して出てきます。 後は自分の好みに合わせて手を加えれば完成という訳です。ドレスメーカーも有料でいつでも利用できます。さきほど理沙が着ていたモンシロチョウのワンピースもドレスメーカーで作ったんですよ。」
「なるほど、そうだったんですか。」
「そうよ、小山さん。お母さんに100ロータス出してもらってドレスメーカー借りて作ったのよ。ほかにも何着か作ったわ。また、見せてあげるわね…」

 その時、部屋の片隅から鼻歌のようなものが聞こえ始めたかと思うと直径30センチほどの円盤のような形をしたものが忙しく動き始めた。

「ああ、もう5時か。小山さん、しばらく辛抱してください、自動掃除機が部屋の掃除を始めましたので。なに、すぐ終わりますから。」
「そう、すぐ終わるわ、小山さん。うちでは朝の9時と夕方の5時にお掃除ロボットが部屋のお掃除をすることになってるのよ。」
 わたしは、自分の腕時計を見て、時間を確かめてみた。ちょうど5時だった。
「山本さん、今日は何月何日でしたでしょうか?」
「7月4日の金曜日ですよ。」

 確かに今日は自分にとっても7月4日の金曜日だった。それでは、わたしは西暦2003年7月4日の金曜日から、220年後の、西暦2223年、こちらの世界の暦で言えば LOTUS 200年の7月4日金曜日にタイムスリップしたことになる。そして偶然にも、2003年と2223年とは、その日にちと曜日がちょうど同じ組み合わせになっているらしかった。
 やがて、お掃除ロボットは、リビングとキッチンのゴミを手早く吸い込み終わると、そのまま鼻歌を歌いながら廊下へ出て行ってしまった。



     4



「お父さん、コーヒーでも入れようか。それともお茶がいい?」
「ああ、そうだね、ちょうど飲みたいと思っていたところだ。小山さん、コーヒーとお茶、どちらがいいですか。」
「あ、わたしはどちらでも構いません。皆さんと同じものをいただきます。」
「そうですか、それでは… お父さんはコーヒーがいいな。」
「それじゃ、コーヒーにしましょう。小山さんもね。」
「はい、すみません。」
「じゃあ、チョット待っててね。」

 理沙は手早くテーブルの上のものを片付けるとそれを持ってキッチンに入っていった。それからしばらくすると香ばしいコーヒーの香りがリビングに漂(ただよ)ってきた。

「山本さん、明日はどちらにお出かけですか。さきほどなにか御用があるとおっしゃっていましたが。」
「ああ、はい。明日はこの地区の水質管理委員会の月例報告会がありまして、それに出席しなければならないんです。今年その委員の一人に選ばれたものですから、今年と来年の二年間、その勤めを果たさなければならないんです。」
「水質管理委員会ですか? それはどのような活動をしている委員会なんですか。」
「この地区の水質に関する全般的な管理をおこなっています。上水道の水質管理はもちろんのこと、川の水や農業用水、それから雨水や池や沼などの定期的な水質検査もおこなっています。なんといっても水は、人間だけでなくこの地球に住むすべての生き物にとってもっとも大切な、命の母なるもののひとつですから、その管理にわれわれは最善の注意を払っているんです。」
「めだかの会やトンボの会の会員の山本さんなら水質管理委員はまさにうってつけのお仕事ですね。」
「ははは、いや、恐れ入ります。」

 そこへ理沙がトレイにコーヒーを載せて入ってきた。

「お待ちどうさま。」

 テーブルにトレイを置き、コーヒーカップをそれぞれの前に並べながら…

「小山さん、お砂糖とミルクは?」
「いえ、僕は入れません。」
「お父さんも入れないのよね。わたしはお砂糖を少しとたっぷりミルクを入れるわ。それじゃ皆さん冷めないうちに召し上がって。」
「はい、じゃ、いただきます。」
「う~ん、おいしい。やっぱり理沙に入れてもらうコーヒーが一番おいしいなぁ。」
「まあ、お父さんたら、あんなこと言って、うふっ。 小山さんはどう? おいしい?」
「あ~、とってもおいしいです。こんなにおいしいコーヒー飲むの初めてだなぁ。」
「ほんと~? ほんとなら嬉しいけど。」
「いや、ほんとにほんと、ほんとにおいしい。これはぼくにとって初めて味わうコーヒーの味だなあ。」
「そーぉ、それはよかった。」
「先ほど頂いたハーブティーもこのコーヒーも、どちらもわたしにとって初めて味わう新しい味です。いえ、実際ここで体験することはどれもこれもまったく新しいことばかりなので驚いてしまいます。 …ところで山本さん、皆さんはこういったコーヒーをどのようにして手に入れていらっしゃるんですか。この地区でコーヒーができるとも思えませんが。」
「そうですね、ここで採れるのは温室栽培のものがごく少量だけです。この地区で自給できない品物は皆ほかの地区とのバーターで手に入れています。こちらで収穫したり作ったりした食料品や日用品などにロータス価格をつけてまとめたリストがありまして、それをコーヒーなどこちらの欲しい物を作っている地区に提示してお互いに必要なものを物々交換し合うんです。わたしたちの社会では物の値段に利潤の上乗せをしませんから、すべての物の値段は本質的な価値をそのまま反映しています。わたしたちは歪みのない真実と絶対的な公平性を地球社会全体が守るべき普遍的ルールの中心的なもののひとつと考えていますから、一方的な利益追求に走るようなつまらない駆かけ引きや虚偽、欺瞞、そのほか利己的な情報操作といったようなことは地区と地区との間の交換の場に一切入り込みません。わたしたちは皆、非本質的な虚偽や情報の操作が大嫌いなのです。それはひとりひとりの貴重な生命エネルギーの無駄使いにつながるものだと考えるからなのです。わたしたちはみな人生を大切に生きたいので、非本質的なことはできる限り生活の中に入り込まないようにしているのです。」
「なるほど。わたしの生きている時代とはその考え方に相当開きがありますね。今の皆さんの時代と比較してみると、わたしの時代はどうも利己主義者全盛時代だったかのように思われてくる位です。」

 そのとき、例のお掃除ロボットの鼻歌が廊下の端から次第に大きくなりながら近づいてきた。と思うまもなく、そのロボットが体をかすかに左右に振りながらリビングに入ってきて、そのまま元の場所に戻ったかと思うとすぐに静かになった。

「お掃除が終わったようですね。ほんとに便利ですね、このお掃除ロボットは。」
「二階にもあるのよ。いつも一階と同時にお掃除を始めるの。」
「そう。いいなあ、ほんとに。」
「小山さんの家にはまだないの。」
「うん、まだないんだよ。」
「小山さんはどんなお家に住んでるの。」
「うん、小さなアパートに住んでるんだ。」
「アパート? なに、それ。」
「あはは、理沙ちゃんはアパート知らないんだ。」
「ええ、今まで一度も聞いたことないもん。」
「アパートっていうのは家賃を払って住む木造の集合住宅なんだ。一つの建物にいくつもの独立した部屋区分があって、何世帯もの家族がそれぞれその独立した部屋区分の中で生活するんだ。狭いのに家賃が高くてね。大げさに言えば、ぼくらの人生、その家賃を稼(かせ)ぐために働いているみたいなところがあるんだ。自分の家を持っている人たちもそのローンを払い続けるために一生働き続けるみたいなものなんだ。」
「ふーん、なんだかよく分らないけど、大変そうね。」
「理沙ちゃんに同情されちゃぼくも形無しだなあ…」
「うふふ、小山さんって、ほんとに変わってて面白い、なんだか地球人じゃないみたい。」
「いや、わたしは確かに地球人ですよ、理沙ちゃん。」
「嫌ね~、冗談よ、小山さん、本気にするなんて…」
「いえね、ほんとに冗談じゃなく、ときどき自分が一瞬わからなくなってしまうようなときがあるんですよ。何か別世界に紛れ込んでしまって、その世界と自分がどこかチグハグで、意識が混乱してしまうような気がする時が…」
「理沙、少し言葉に気をつけなさいって言ってるでしょう。 いや、小山さん、人は誰でも急に環境が変わればそんな風に感じることがあるものですよ。小山さんの場合それが人より強く感じられるということだろうと思いますよ。」
「はあ、そうかもしれませんね。」
「あまり深く気になさらないことです。そのうちすべてが普通に戻ってきますからね。なにも心配要らないですよ。」
「はい、ありがとうございます。」

 わたしはコーヒーをすすりながら、自分が少し心の平静を失いかけていたことを恥じた。そしてこれからはしっかりと自分をコントロールしていこうと心に誓った。

「ところで、山本さん、話は変わりますが、国連はまだありますか。」
「国連?ですか。」

 山本さんと理沙ちゃんがかすかな驚きの表情でお互いの顔を見合わせた。

「国連はもうありません。昔の国連に変わって今は『百人委員会』が世界の統合管理の任に当たっています。」

 わたしは自分がこれ以上おかしなことを言わなくても済むように、あらかじめ今の国際政治の制度や情勢を知っておきたいと思って尋ねた。

「山本さん、いま世界の政治制度はどのようになっているのか説明していただけませんか。本当にあらゆることがこの二百年ほどですっかり様変わりしてしまったようなので…」
「はい、いいですとも。今あなたがお尋ねになった国連は、もう170年ほども前になるでしょうか、国連を構成しているメンバーだった国家そのものがなくなるとともに自然消滅しまして、それに変わる組織がやがて世界中に細分化された多くの地区を構成メンバーとした『百人委員会』として再構築されました。それまでの国連はさまざまな矛盾を抱えながらも世界の平和的統合のために多くの成果を挙げてきたのですが、何しろ、国益追求という名の下で多くの災いをもたらす国家という政治形態を基本的構成メンバーとして抱えていましたので、どうしてもその果たす役割には最初から限界が付きまとっていたのです。その矛盾と限界を、国家の解体という大きな時代的趨勢の流れにうまく乗り、やがては自から脱皮しながらまったく新しい組織へと変わっていったのです。いわば、今の『百人委員会』は、かつての国連が発展的に解消して成った機構といえるのです。国連はその任務を十分に果たし終えて新しい組織へと発展的に解消したのです。」
「しかし、地区を統合するといっても、何万もある世界中の地区を統合することなどできるものなんでしょうか。」
「それはほとんど問題ありません。『百人委員会』の下には三段階の下部機構がありまして、その間で大抵の問題は吸収されて、実際には『百人委員会』にまで上ってくる問題はほとんどないのです。それで、いまや『百人委員会』は別名、『哲学委員会』とも呼ばれているんです。というのも、もはや現実的日常的な問題を討議する必要がほとんどないので、定例委員会において話し合われるのはもっぱら、人類の究極の問題である、真実とは何か、真の自己とは何か、そしてまた、真の自己を生きるにはどうすればいいか、などの哲学的宗教的問題が延々と話し合われるのです。もちろん、究極的な真実を言葉で定義し、それを実践することは永久に不可能なことなのですが、その究極の真実世界に限りなく近づいていくことが人間の永遠の勉(つと)めであると考えられているのです。そして、人類社会を統合している最高の意味と価値の体系が、その究極的真実の定義にかかっているのですから、考えてみれば、地球社会の最高統治機関である『百人委員会』においてそのような哲学的議論がなされることはもっともふさわしいことだとも言えるわけなのです。」
「はあ、そうなんですか。お話をうかがっていると、なんだかあのプラトンの哲人政治の話に似ているようですね。」
「はい、そのとおりなのですよ。実際わたしたちの政体はプラトンの『国家』の影響も少なからず受けているんです。もちろん、奴隷制を前提とした貴族政治的な側面や、婦人と子供の共有制や、生産労働を奴隷が担うべき卑賤(ひせん)で苦痛に満ちたものだというような考えは今の時代にまったくそぐわないものとして退(しりぞ)けていますが、それでも、彼が教育を重要視した点、および、理性を重んじたという点などは、ほかの誰にも負けない功績だと考えるのです。」
「ああ、なるほど。ところで、山本さん、『百人委員会』の下の三段階の下部機構というのは具体的にはどういうものなんでしょうか。」
「はい、実際には四段階と言ったほうがいいのかもしれませんね。まず、一番下の社会単位であるそれぞれの地区には、もちろん一番下といっても最も重要なものなのですが、その地域を理想的な社会にしようと奮闘(ふんとう)している『三十人委員会』があります。この委員会を中心として、各地区は地球社会の普遍的(ふへんてき)なルールに従いながら、それぞれの風土にもっとも相応(ふさわ)しい生活形態を細心の注意を払いながら創り上げていきます。このことに各地区が成功すればもう理想的地球社会の実現もまたほぼ成功したようなものです。ところで、食料やそのほかの生活必需品のすべてをひとつの地区内で調達することは無理なことです。それで、まず、近隣の十地区をまとめて構成された『四十人委員会』を統合区と名づけて相互に連携し、融通し合います。そしてさらにその上に、そのような統合区を十区まとめて地方と名づけ、その統合機関である『五十人委員会』を通して連携、協同し合います。そして、その上にさらにそのような地方を十地方まとめて大統合地区とし、『六十人委員会』を通して連携させます。そして、そのような大統合地区が三十まとまったものが世界中のすべての地区を最終的に統合した『百人委員会』であり、それがこの地球社会の最高統治機関として地球社会全体の秩序を維持しているというわけなのです。」
「しかし、ほんの二百年余りの短い期間にどうしてそのような理想的な地球社会が実現したのか、にわかには信じられませんね。何か人間の想像を超える特別な奇跡的な力でも働いたのでしょうか。なんと言っても、わたしの知っている世界は、欲望と権力と欺瞞(ぎまん)と暴力とエゴイズムと、まあ、手っ取り早く言ってしまえば人間の愚かしさに満ち溢れた世界でしたからね。理想的な社会を実現しようという動きもなかったわけではありませんが、なんといってもそれはほんとに弱々しいものでしかなかったのですからねえ。」
「はい、本当に。 わたしたち自身にもどうしてこのような本質的自由と、物質的に、また身分的、権利的に平等な世界が実現したのかはっきりとはわからないんです。時代の流れというのか、機が熟したとでもいうのか、ある時期からはっきりと時代の流れる向きが変わりはじめたのです。その原因といっても、無数の要因が絡(から)まりあって複雑すぎて誰にも説明がつかないようなものなのですが、いずれにしても、人間同士の何千年にもわたる無益な争いに嫌気がさしたことや、人間と自然環境との関係に対する本質的な理解が深まったことや、物質的な幸せの限界と空しさのようなものを感じ始めたことや、不安定な政治経済情勢を子や孫たちのためにもっと安定なものに変えたいといった願いが強まってきたことや、そのほか、子供たちの非行問題や、老後問題、また人類の未来に対する漠然とした不安や何やかやがひとつにまとまったりなんかして、いつのまにか理想的な地球社会実現への機運が盛り上がってきたといった具合なのです。もちろんそのような流れの中で、ロータスネットワークが中心的な役割を果たしたことは事実なのですが、それもどれだけ実質的な働きを担(にな)ったかはよく分からないのです。歴史は後から振り返ってみてどのようにでも筋立てて説明することはできるのですが、現実の流れのなかでどのようであったかは誰にも本当のところは分からないのではないでしょうか。しかし、時代が進むにしたがってロータスネットワークが理想社会実現のための明確な思想的指標を与えたことは事実なのですが…」
「しかし、それにしてもまだ理解できないのは、この地球上から国家がひとつ残らず消えてしまったということなのです。あのアメリカや中国やロシアやイギリスやフランスやドイツそれに日本はどこへ行ってしまったのでしょうか。」
「みんな自然消滅してしまったのです。それぞれの国はそれぞれの経過を辿っていつの間にかその必要性を失ってしまい結局消滅してしまったのです。それぞれの国民がそのほうがいいと思い始め、その消滅に際しても何の不都合も感じなくなってしまったからなのです。むしろ国家がなくなっていいことのほうがよほど多いことが実感されてきてから、それはもう後戻りすることのない決定的な歴史的流れになったのでした。」
「へえ、そうでしたか。 本当に人類の歴史においては将来なにが起きるか誰にもわからないものですねえ。」
「この世にはだれも、正確に未来を予測できる人などいませんからね。」
「ええ、ほんとにそうですね。」


 そのとき、玄関先から耳に快い若い女性の声が聞こえてきた。

「ただいま。」
「あ、お姉ちゃんだ。お姉ちゃんが帰ってきた。」

 と言いながら、急いで理沙は玄関口へ姉を迎えに行った。



     5



 玄関先で理沙が姉にいろいろと話している声が聞こえてくる。その話の内容ははっきりとはわからなかったが、確かにわたしについての話らしかった。それから程なくして、理沙と姉の美沙がリビングに入ってきた。

「ただいま、お父さん。」
「おかえり、美沙。 今日は早かったね。」
「ええ、今日はいつもより授業が早く終わったので…」
「ああ、美沙、紹介しよう、こちら小山さんだ。小山さん、これが上の娘の美沙です。」
「こんにちは、美沙です。」
「こんにちは、わたし小山です。今日はいろいろお父さんにお世話になっています。」
「ああ、それで、美沙、さっそくだが、小山さんにあした理沙と一緒にこの地区の案内をして差上げてくれないか。この地区には小山さん初めてお越しだそうだから。」
「ええ、よろこんで… そのことは理沙からさっき玄関で聞きました。小山さん、明日はわたくしたち不慣れな姉妹二人の案内ですけど…」
「いえ、とんでもないです、大変助かります。ほんとにご迷惑でしょうがよろしくお願いします。」
「いいえ、迷惑だなんて、ちっとも。」
「小山さん、わたしたちここを案内できることがほんとに楽しみなのよ、だから遠慮なんかちっともいらないわ。」
「ありがとう理沙ちゃん。」

美沙は優しい微笑を浮かべながら理沙の隣に座ってわたしを見ながら言った。

「小山さんは西暦2003年の遠い過去からこちらにいらっしゃったんですって? わたくし昔の時代のことに大変興味があるんです。いろいろお話をお聞きしたいわ。」
「ははは、ええ、何なりとお聞きください。」 わたしは頭を掻(か)きながら答えた。

美沙はその襟元(えりもと)にさりげないレースのついた白いV首のタンクトップに、斜め格子模様に織られたほとんど白といってもいいほどのごく淡いピンク色のスカートを穿(は)いていた。そしてそれは美沙の上品な面立(おもだ)ちによく似合っていた。また、そのうえわたしの耳に美沙の声がほとんど天上的な楽(がく)の音(ね)のように響いてきた。それはいつまでも、できるものなら永久に聞いていたいと思わせるような声だった。ごくまれに、聞いているだけで陶然(とうぜん)としてしまうような、そんな声の持ち主がいるのだった。わたしにとって美沙はまさにそのような女性だった。それにまた、美沙には何か特別な、どこか自然に人の心を惹(ひ)きつけるオーラのようなものが漂(ただ)よっていた。わたしはもう為すすべもなく美沙に魅(み)せられてしまっていた。

「お父さん、お母さんは今日どこかお出かけ?」
「お母さん今日ピアノ演奏のボランティアで帰りが少し遅くなるよ。」
「今日はどちらで?」
「シニア・ハウスらしいよ。」
「そう。今日も宮田さんや谷川さんとご一緒?」
「うん、いつものメンバーらしいね。」
「それじゃ、谷川さんは今日もグリーグの『ソルヴェイグの歌』をご披露(ひろう)なさるのね。谷川さんほんとにお上手だから、あの歌。 わたくしも大好きだわ。」
「そして、宮田さんは『G線上のアリア』ね。そしてお母さんは『平均率クラヴィア曲集』。今日は何番を弾くのかな。」
「さあね。まあ、仲良し三人組で楽しんで演奏してくればいいのさ。そして、それがお年寄りの気慰(きなぐさ)みになるのならこんなにいいことはないからね。」
「奥様はピアノをお弾きになるんですか。」
「お母さんは、ピアノの先生なのよ。若いころ北アメリカ地区のピアノコンクールで優勝したこともあるのよ。」
「へえ、そうなんですか。すごいなあ。」
「お姉ちゃんもピアノ上手いのよ。お母さんの話じゃ、お母さんよりも才能があるみたい… わたしも習ってるけど、わたしはあまり上手くないの。」
「そんなことはないよ。理沙だって上手いもんさ。」
「お父さんいいのよ、無理しなくっても。 ねえ、お姉ちゃん、小山さんにピアノ弾いてあげて、わたしも久しぶりに聞きたいし。」
「そうだ、美沙、久しぶりにピアノを聞かせてくれないか。今日はお母さんの代わりだ。」
「そう、それじゃ少しだけね。しばらく弾いてないから上手(うま)く弾けるかしら。」

 美沙は部屋の隅(すみ)にあるキーボードに向かって腰を下ろした。そして、しばらく指慣らしをした後、しばしの間を置き、やがて弾き始めた。それは、クラシックにはあまり詳しくないわたしにも分かる『平均率第一巻』の一番だった。そして、その演奏は素人の域をはるかに超えていた。それは持って生まれた天性の上に練習が積み重なってはじめて得られるような質の高さを示していた。さりげなく弾いているようでいながら、その一音(いちおん)一音には命と祈りが込められているような、聞く者の心にじかに沁(し)み込んでくるようなそんな演奏だった。演奏者の心の質の高さがそのまま音の響きに、リズムに、間(ま)に現れる。
 やがて、演奏は終わり、わたしたち聴衆は心からの拍手を送った。

「お粗末さま。」
「いやあ、美沙さん、なんという素晴らしい演奏でしょう。こんな演奏を聴くのは生まれて初めてです。本当にすごい!!!」 わたしは少し興奮気味にほとんど叫んでいた。
「あら、まあ、どうしましょう。」
「いや、久しぶりに聞いたせいか、いつもよりうまく聞こえたな。」
「お姉ちゃん、相変わらずうまいのね。」
「こんな間近(まじか)で素晴らしい演奏が聞けて本当に幸せでした。」
「そんなに言っていただいて、わたくしもほっと一安心ですわ。」
「こんなにお上手ならプロのピアニストにもなれるでしょうね。ピアニストにはなられないんですか。」
「今ではプロの演奏家はいないんですよ。みな、個人的なボランティアの演奏家なんです。一人一人が自発的に、演奏会を開いたり、オーケストラの一員になったりして楽しんでいるんです。それから、自分の演奏や作曲したものをテレポーターを通して公開して世界中の皆さんに聞いてもらうこともできますし、表現の場はたくさんあるので、その気さえあれば自分の余暇時間をそれにあてることもできるのです。今は、それぞれが選んだそれぞれの孤独の中で思索する権利や創作する権利も保障されていますから。」
「そうなんですか。…それでは、美沙さんはこれからもやはり地区改善学の勉強をお続けになるんですね。」
「ええ、これからもずっと続けていくつもりです。ピアノも大好きですけど、それよりももっと、世界の調和とあらゆるもののハーモニーのために働いていたいんです。この世の全一調和の中で、その全一調和のために働いていたいんです。そのときわたくし一番幸せを感じるんです。全一調和の中でこの世界は一番美しく輝いていますし、全一調和の中でこの世の生きとし生けるものもわたくしたち人間自身も一番幸せなんですもの。」
「全一調和、ですか。」
「はい、全一調和ですわ。すべてのものが調和しているときすべてのものは一番生き生きとしていますから… 自分のためにも、それからすべてのものたちのためにもいつまでもそんな状態を保つようにしていかなければいけないんですわ。それが人間として生まれたわたしたちの責任だと思うんです。」
「素晴らしいことですね。そんな生き方ができればきっと幸せになれるでしょうね。」
「はい。わたくしはこのようなことができる今の時代に生まれることができたことを本当に幸せだと思っています。昔、その時代から小山さんがいらっしゃったという世界では夢物語として哂(わら)われていたことでしょうからね。」
「まったく、美沙さんのおっしゃるとおりです。今のこの世界から比べればまったくエゴイズムと不協和音でいっぱいの時代でしたからね。ところで、いま美沙さんは大学でなにを学んでいらっしゃるんですか。」
「今、わたくしたちは歴史とフィールドワークと本質理解を中心に学んでいます。まず過去の歴史を正しく知り、そして世界の現状を正しく把握(はあく)し、さらには時間を超えた本質そのものを理解しようと努めています。これらはすべて大切なものなのですが、その中でも最も中心になるのは本質理解なのです。本質理解が欠けていればすべては意味と価値を失ってしまいますから。本質を中心に据(す)えて、過去を振り返り、現在をより本質化していくことが大切なのです。」
「本質ですか…」
「ええ、本質です。」
「なかなか難しいことですよね、本質を理解するといっても…」
「ほんとにそうですわ。でもそれを理解するために努力し続けていかなければならないんですわ、わたくしたち。」
「ええ、そうですね。ところで、フィールドワークってどんなことをなさるんですか。」
「フィールドワークは、ある地区の予備研究をし、実際に現地に行ってその現状を観察してその評価をしたり、また改善すべき点があればその提案をまとめてみたり、その記録を将来の参考文献として残したりといった実地中心の研究なのです。通常、月に2地区現地調査を実施しています。これまでのところそれはほとんどがアジア地区に集中しています。でも来年度からは、アジア以外の地区を幅広く研究していく予定になっています。」
「いままでにどれくらいのフィールドワークをなさいましたか。」
「もう50近いと思います。」
「その観察の結果はいかがでしたか。みな理想的な状態でしたか?」
「もちろんまだ理想にはほど遠いですわ。でも、おおむね80点位の合格点はつけられると思います。これはたいしたことだと思います。」
「80点ですか、それはすごいですね。」
「ええ、そうですね。ところで、小山さん、わたくしたちは今ちょうど、20世紀から21世紀にかけての歴史的変動期を中心に学んでいるんですが、そのころの実際の様子をいろいろと教えてくださると大変参考になりますわ。」
「何なりとお聞きください、わたしで分かることなら何でもお話します。それより、わたしにはなぜわたしたちの利己主義全盛の時代から、わずか2世紀あまりの間にこんなにも世界が変わってしまったのかということのほうが知りたいんです。美沙さんはどうしてこのように変わることができたと思われますか。」
「はい、わたくしたちの考えでは、この変化の大きな要因の一つに、19世紀頃から始まった地域の自立化の流れがあると思っています。それが、いつしかグローバル化の流れとも連動して、国家観の変化をもたらし、やがて地域を中心にした国家の解体が現実のものとなり、また、インターネットなどの地球規模のコミュニケーション技術の進歩ともあいまって、やがて地域間の地球的連携へと発展していったものと考えているのです。そして、自立的地域の範囲が狭くなればなるほど理想的な社会もより築きやすくなり、また、人種問題や民族問題や宗教問題などもうまく調整されてきて、いつしか人類の未来にふたたび希望を抱き始めた大衆の意識もしだいにより自覚的にそしてより積極的にもなって参加意識も強まり、そのほか環境問題や人口問題の解決への願いや全一的世界観の拡がりなど、さまざまな要素が一つに溶け合って、ある時期から加速度的に人類社会全体が理想的な地球社会実現の方向に向かって進みだしたと考えているんです。」
「ああ、なるほど。そうですか。」
「小山さんがにわかにはこの大きな社会的変化が理解できないとおっしゃるのも無理はないのですけど、社会はその変動期には短期間のうちに予期しないほど大きな変貌を遂げるものだということもまた歴史的な事実なのです。たとえばルネッサンス期や産業革命期などはその典型ですし、この21世紀の本質変革期もその一つに数えることができるほど大きな変化を遂げた時期なのです。」
「なるほど、そのような理由であれば、納得できるような気もしてきます。しかし、それでもやはりどこか狐につままれたような気持ちが残るのも確かです。」
「小山さん、ねえ、お姉ちゃんの言ったことは本当のことなんだから信じなくっちゃいけないのよ。でも、今は信じられなくても、明日になればわたしたちの案内でもっと信じれるようになると思うわ、きっと!」


   ・・・ホームページから転載・・・



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