悪平等?
利己主義を社会システムの大前提とする資本主義者は、社会的格差を当然のこととし、住民全員の本質的な幸せを求めるユートピアンの描く絶対平等社会を悪平等社会などと呼んで切り捨てたかのような気でいるがまことにおかしなことである。そもそも資本主義者の社会システムの大前提が反本質的であるから、その議論のすべてが反本質的なものになってしまう。そして、いつまでも社会的な悪循環の輪の中から抜け出ることができない。何を行なっても事態を悪化させていく一方である。資本主義には本質的未来はない。人間の精神性も社会も自然環境も劣悪化していく一方である。利己主義( 的社会システム )からは、人間性豊かな、公正で、品格のある本質的未来を期待することはできない。いつまでも、他者( 自分以外のあらゆる存在 )の痛みや苦しみに対する想像力や思い遣りの欠如した、あるいは、人間のみならず地球生命系全体の弱者を犠牲にしたり切り捨てたりしてもなんとも思わない品性の卑しい似非者を中心とした社会が続いていく。そして、遠からず、その貪りつくす愚かしい活動によって自滅していく。まことに嘆かわしいことである。大自然の本質的な法に逆らっているのだから、いわば、自業自得なのである。しかし、ユートピアンは同じ人間の一人として、その命の尽きる日まで、地球生命系とも、また、人類全体とも全一的に調和した、人類本来の本質主義的理想社会の実現を願って、志向的に思考し、そして試行し、いつまでも語り続けるのである。
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