本質主義社会では日常的に最高の本質を創り出していく


  本質主義社会における基本的行政単位は地域社会であり、その地域社会のすべての土地は公地であり、すべての住民は公人であり、すべての仕事は公務となります。そして、住民の一人一人が何事においてもできるだけ心を込めて生きるように奨励されます。なぜなら、心のこもっていないところに多くの禍が生じるからです。
  人が作り出すもので心のこもっていないものには美しさがありません。心を込めるとは、大自然と同じように全一的な意識状態になることです。そうすれば、大自然と同じように、あるいはそれ以上に美しい調和状態を生み出すことができます。全一的な意識状態には自己中心的な雑念が混ざりませんから作り出されるものにも全一調和状態が自ずと映し出されるのです。
  本質主義社会を律するのは『公』的観念です。公的なものは全一的です。『公』はそのまま全一的な社会的本質を表します。そこには、全体から切り離された単なる個人という非現実的存在を本質的視座から消し去った後の、真に実質的な社会が在ります。公的な社会においては、大自然と社会と個人とはどこまでも本質的に一体です。
  ところで、現代文明のどこに心があるでしょうか、すべては欲が生み出すものに過ぎません。どこに本質があるでしょうか、すべては利潤追求と享楽に終始し、その後には虚しい本質破壊が残るだけです。
  そのような現代の本質破壊的文明に抗して、本質主義社会では日常的に最高の本質を創り出していきます。住民みんなで心を込めて全一調和社会を築いていきます。反本質的な私的観念を超え、地域社会の全一的公人として、この世に本質を満ち渡らせていきます。

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