No.1168  古今未曾有の歴史的転換期


  現代という時代を、人類にとって古今未曾有の歴史的転換期と捉える本質主義者は、今やあらゆる事柄において行き詰まってしまった現代文明を飛躍的に乗り越えて、まったく新しい進化段階へと踏み込んだ高次の文明を切り開いていくためにも、ここで一度徹底的に、存在(宇宙)の本質、生命の本質、人間の本質、社会の本質について考え直してみる必要があると考えます。なぜなら、この世の本質を抜きにしては何事も真には語り得ず、真には成り立ち得ず、真には改善し得ないからなのです。結局のところ、宇宙の存在それ自体にせよ、あるいは、地球の全生命系や、その生命系の一員であるわたしたち人間や、さらにはその人間が築き上げる社会といったものも、最後にはその本質的な事柄しか真には問題と成り得ないからであり、また、本質を外れた事柄は結局すべてが虚しく、終には無に帰するばかりだからなのです。この世の本質に拠ってこそ、わたしたち人間も何事もおいても良い結果ないしは成果を期待し得るのであり、これまでのような本質破壊的な文明などは今や滅びるべくして滅びようとしているのであり、このような愚かしい轍を二度とふたたび踏まないためにも、わたしたちはここでこの世の普遍的な本質を徹底的に認識し直し、その新たな認識に基づきながら、どこまでもこの世の永遠普遍の法則の求めるところに遵って、わたしたちの日常生活も、社会的な組織をも維持していくべきなのです。
  さて、本質主義者の観るところ、この世の存在、生命、人間、社会のすべてに共通している本質的な性質は、全体及びその全体を構成するあらゆる部分との間に見ることができる相互に不可分の一体性ないしは統合性であり、また、それらのすべてが常に全一調和状態の維持を指向しているというもっとも根本的な事実なのです。そして、わたしたち人間は自らの中途半端な知識によって賢しらにこの世の本質的な法に逆らうことなく、むしろその法に積極的に遵いながら、大自然との全一調和の中で、自らの能力の及ぶ限り最高最善の生き方と社会のあり方とを追求していくべきなのです。つまり、わたしたちは須らく自らの本質的無知を自覚し、その無知の自覚の上に本質的な法に遵った節度ある人生と全一調和的な社会を築いていくべきなのです。
  また、本質主義者は、この世の本質的真実の前には、いかなる人間的タブーもあり得ないと考えます。そして、この人類的転換期という絶好の機会を捉えて、これまでの歴史において積み重ねられてきたあらゆる人間的な常識を一度きれいさっぱり頭の中から拭い去って、本質的な無垢のカンバスの上に、人間としてあるべき本質的な生命活動と地球社会のあり方とを、それぞれが全身全霊を込めて一から描き出してみるべきであると考えるのです。

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