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zoom RSS テーマ「自由」のブログ記事

みんなの「自由」ブログ


No.3392 自由について

2017/07/14 20:26


  自由とは本質的にいかなるものなのでしょうか。
  筆者にとって本質的な自由とは、この世の根源的実体にして本質そのものでもある 『 完全エネルギー=最高次の精神 』 に内在する普遍的な変化様式に他なりません。 そして、この本質的かつ根源的な変化様式は、この全一連関的な宇宙に存在するあらゆるもの ( 素粒子から宇宙にいたるあらゆる階層 ) において共通に見出すことのできる全一的な変化 ( 生物にとっては行動 ) 様式であり、従って、この世におけるあらゆる存在は本質的に全一連関的な自由存在であり、そして又、真の自由には本来、全一統合的な完全性と最高次の精神性が内在していると考えられるのです。
  ところが、そのようなこの世本来の全一統合的な本質を弁えない自己中心的で愚かな人間は他者の本質的自由を平気で抑圧したり蹂躙したりします。 そして、この世の永遠普遍の本質を汚し、損ない、破壊してこの世に多くの害をもたらすのです。 しかも、悲しむべきことに、わたしたちが生きている現代こそがまさに、この世の全一的本質を弁えない自己中心的で愚かな人間によってそのような本質的自由が最も狡猾に抑圧され蹂躙されている時代に他なりません。そして、その元凶は一部の特権階級や支配階級や富裕階層、そして又、私利私欲を貪るその手先であり犯罪者集団なのです。 わたしたちは他者の本質的自由を平気で抑圧したり蹂躙したりするこのようなならず者たちをあらゆる方途を用いて排除し、真に自由な人間世界を築いていかねばなりません。



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N0.2239  お奨めYou Tube 動画 28

2012/04/27 13:52


  下記の動画はあなたの心を自由にしてくれます。



  ・ David Icke - Free your mind from false identity belief systems - the non comply dance



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No.2088  本質的考察 137

2011/07/11 20:43

  いかなる生命存在にも、自らの未来を損なうような本質破滅的自由(=愚挙)は許されていない。

  本質主義は、人間社会を限りなくこの世の本質状態、すなわち、大自然とも良く調和した全一連関的完全バランス状態に近付けようとする。 そして、そのために本質的な自由と平等に満ち溢れた全一調和世界の実現を目指す。 (Where there’s a will, there’s a way.)

  多くの知識を持つに至ったわたしたち現代人は、皮肉なことに、そのことによって本質智に満ちた精神存在に近付いたというよりは、むしろ、現代の資本主義経済システムによってその精神を蝕まれ、今や単なる刹那的欲望の塊になってしまった。 そして、愚かしくも、さらにこの世の本質を損ない続けているのである。


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No.2087  本質的考察 136

2011/07/11 14:03
  本質主義社会においては、地球の生命環境を損なったり、あるいは、利潤のために人間の心身の健康を軽んじるなどといったように、わたしたち人間の生命活動に最も大切なこの世のいのちの本質を汚したり損なったりするような行為を最大の悪と看做します。 そして、そのような行為の根底には、この世の本質やいのちの本質に対する無理解(本質的無知)と、そのような無理解から派生する利己主義があると考えるのです。
  また、本質主義社会においては、自由の行使に関して本質原理を適用します。 すなわち、いのちの本質を汚したり損なったりするような自由の行使を認めないのです。 そして、積極的かつ創造的に、いのちの本質を高めたり豊かにしたりする自由を転じていこうとします。
  本質主義は、この世の全一連関的な本質を無視したまま、恣意的で物質主義的な私的欲望を、競争的かつ自由に追求し続けようとする現代の資本主義社会を、もっとも本質破壊的な社会として断罪します。 そして、そのような社会を全面的に乗り越えて、この世の全一的本質を正しく反映した節度ある全一調和的社会を、人類の本質的未来に向けて丁寧に織り上げていこうとするのです。


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No.2081  本質的考察 130 : 自由という名の本質的狂気について (2)

2011/07/08 07:13
  聖なるものがカネだけになってしまった現代の資本主義世界ではあらゆるものがダメになっていきます。 そして、地球温暖化がさらに進行する中、現代都市を巨大な砂嵐が襲うばかりでなく、世界中いたるところで、連日、記録的な洪水や暴風や干ばつや熱波が襲い掛かります。
  さて、ヨーロッパ近代において多くの犠牲を払ってようやく勝ち取られた個人の自由(な生命活動)がなぜたちまちにして自然を破壊する反本質的凶器へと変質してしまったのかと今改めて考えてみる時、わたしたちは近代ヨーロッパにおける非有機的な自然観と行き過ぎた人間中心主義に思い至ります。 そして、その底に潜んでいる、わたしたち人間のいのちを支えてくれている大自然に対する感謝の念や畏敬の念の希薄さに気付くだけではなく、さらには人間のさらなる物質的豊かさや便利さのために徹底的に自然を人間の力で支配し搾取しようとする行き過ぎた人間中心主義にも気付くのです。 そして、このような心的傾向の上に、やがて資本主義的な『 自由主義的経済人間 』たちがヨーロッパを、そして、世界全体を覆い尽くしていきます。 かくして、利潤のためにいのちの本質価値が急速に損なわれる勝れて反本質的な時代が地上に立ち現れるのです。 この時、人間の自由な生命活動が狂気の様相を帯び、自然を破壊する凶器と化してしまうのです。 そして、地球の生命環境が日に日に劣悪化し、人間の没落は今や時間の問題となってしまいました。


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No.2080  本質的考察 129 : 自由という名の本質的狂気について

2011/07/07 18:01

  ヨーロッパ近代において、それまでの中世的な封建的支配層からの解放として勝ち取られた自由が、時代の流れと共に、物質主義、個人主義、私有財産制、科学技術の進歩、資本主義、帝国主義などの成立などとも相まって著しくその内容を変質させ、やがて、本質破壊的な恣意的自由の暴走を引き起こします。 そして、生命活動にとって最も大切な大気が汚染され、水が汚染され、大地が汚染され、生態系が損なわれ、穏やかな気候が破壊され、人間のいのちの最高本質である精神が損なわれていきます。 そして、その挙句の果てに、今や、人類の存続そのものが非常に危ういものとなってしまいました。 すなわち、本来、わたしたち人間の生命活動の本質に属する自由が、いつしか、いのちの本質を破壊する恣意的狂気へと変質し、ついには、人類の存続すら危うくする究極的凶器と化してしまったのです。
  わたしたちは今こそ、わたしたちのいのちの本質を脅かす凶器と化してしまった現代の恣意的自由について、一度徹底的に反省し、そして、そのあり方について根本的に見直すべきなのです。


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No.1889  自由について

2011/02/03 13:23
  自由は生命活動の中核部分を占めています。自由はいのちの本質と切り離すことができません。すなわち、自由はいのちの本質に属しているのです。
  さて、次に、近現代を特徴付けるものについて考える時、わたしたちはやはりこの自由を抜きにして済ますことはできません。(個人の)自由は、近代ヨーロッパにおいて生み出されてきた民主主義という政治形態を、(万人の)平等と対を成しながら現代へと発展的に牽引させてきた政治的原理そのものなのです。かくして、自由は、わたしたち現代人にとって、いのちの本質である、と同時に、現代の政治的原理の一翼を担うのみならず、経済、さらには、わたしたちの社会生活のあり方全般にわたって中心的な役割を担うに至っているのです。
  しかしながら、このように、わたしたちの生活に重要な意味を持つに至った『自由』の現代的なあり方に対して、本質主義者は根本的な異議を唱えます。なぜなら、現代的自由は、その目的ないしは方向性を見誤っていると考えられるからです。すなわち、本来、いのちの全一的な本質そのものに属する自由は、当然また、わたしたち一人一人の全一的ないのちの本質を正しく転ずるためにこそ行使されなければならないにもかかわらず、その全一的な本質を蔑にしてきた近現代においては、その自由がもっぱらアトム化した個人の利己的な欲望の追求に使われており、そのために、全一連関的な本質から大きく逸脱してしまった現代人の自由が、あろうことか、日常的にこの世の本質といのちの本質を汚し、かつ、損なう結果をもたらしているのです。これほどの皮肉、これほどの悲劇が他に又とあるものでしょうか。本質そのものであるべきはずの人間の自由(な生命活動)が、今やその本質自体を破壊する結果を招いているのです。このような忌まわしい事態を乗り越えるためにも、現代の自由のあり方は根本的に見直される必要があります。すなわち、いのちの本質からいちじるしく逸脱して本質破壊的となってしまった現代人の自由行使のあり方を根本的に改め、いのちの本質そのものを歪みなく転じていくためのものへと引き戻さなければならないのです。
  自由は両刃の剣です。その使い方を誤るとまさに命取りになってしまいます。
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No.1866  自由について

2011/01/04 18:11
  本質主義者にとって自由とは、人間の内なる最高本質である全一統合的精神の促しに従って生きることです。その時、わたしたち人間は、大自然および地球生命系および人類に通底する全一的本質そのものを生きることになります。
  本質主義者にとって自由とは、自らの内なるいのちの最高本質を純粋に転じることであり、けっして、利己的、恣意的に生きることではありません。自由を生きる本質主義者は、おのずから本質選択的かつ本質創造的に生きる本質実存者となるのです。
  自らの精神の促しに従ってひたすら大自然と一体の全一調和的本質を生きようとする本質主義者は、あらゆる生命存在の究極目的である自らのいのちの最高本質を自由に転じることによって、この世すなわち全一連関的な本質創造場において、さらなる本質を創造します。
  かくして、本質主義者は、この本質創造場において自由な本質創造者となって生きるのです。
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No.1808  現代社会の狂ったサルどもを地球の大気圏外へ送り出そう!

2010/11/07 11:26
  今もまだかろうじて正気を保っているわたしたち数少ない本質人間は、自らの人生における絶対至高の使命として、近代ヨーロッパ型の狂ったサルと化して久しい、そして、いつまでも、この世の全一連関的な本質を無視したまま、その余りにも物質主義・金権主義に偏りすぎた私的利潤追求型の経済活動によって、地球上の生態系を破壊し、人類全体の掛け替えの無い未来を損ない続ける、しかも困ったことには、今や現代社会のいたるところに蔓延るに至った、まことにもって質(たち)の悪い単なる経済人間どもを、遠慮会釈なく片っ端から宇宙ロケットに詰め込んで地球の大気圏外へ大至急送り出すことによって、地球生命系および現生人類の本質的未来を断固救わなければなりません。この地球社会をこのままいつまでも狂ったサルたちの勝手気ままに任せておくと、半世紀と経たないうちに人類は途端の苦しみを嘗めた挙句の果てに衰滅してしまいます。そのようなことが決して起こらないように、今から地球上の数多の狂ったサルどもを蚊やゴキブリ以上に徹底的に駆除していかなければならないです。
  また、人間の本質的自由の立場からも、いつまでもこの世の全一的な法則を無視した経済人間たちの余りにわがまま勝手な自由行使を許しておいてはなりません。そのような自由はこの地球上に生きているいかなる生命体にも許されてはいないのです。そのような狂った存在は地球生命系の健全な未来のために有無を言わせず地球の大気圏外へ裸のまま放り出されなければならないのです。
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No.1807  自由の本質的反撃力

2010/11/04 05:21
  さて、常にこの世との全一連関的な調和状態を保ち続けようとする本質主義的な自由の行使者は、それでは、いつも穏やかな人間なのでしょうか。確かに、わたしたちがすでに日々理想的な社会に生きているのであれば、本質主義的自由の行使者も又、いつも穏やかな人間であり得る事でしょう。しかしながら、現代の資本主義世界におけるように、あらゆる事が歪みに歪んだ、非本質的で不均衡な、余りに問題の多い不公正な社会においては、本質主義的自由の行使者も当然の事ながら穏やかな人間でばかりいることはできません。むしろ、社会の全一連関的な調和状態を乱したり損ったりするようなさまざまな事柄や状況に対して必然的で本質的な反撃を積極的に加えることによって、再び、社会に本来あるべき全一調和状態を回復しようとします。すなわち、社会の反本質的な事柄や状況に対して本質的な立場から自ずからなる反撃的自由を行使しようとするのです。
  ところで、本質主義者はこれまで、人間の本質的な自由のあり方についてさまざまに自らの考えを巡らせてきたのですが、そのもっとも大きな理由の一つに、現代の資本主義文明におけるように、いつまでもわたしたちがこの世の本質を無視したまま、余りに利己的で恣意的な欲望追求的自由の行使に終始していると、たちまちにして人類は自滅してしまうと真剣に恐れるからなのです。これからますます企業間・国家間の経済競争が熾烈になり、また、中国、インド、ブラジル、アフリカ諸国などに生きている膨大な数の人々の生活レベルが上がり、さらには、40年後には世界の人口が91億人に膨れ上がると予想されるこの激変しつつある地球社会において、これまでと同じようにいつまでもわがまま勝手な自由行使が続くようであれば、確実に人類は滅びます。すでに、日本においても、ここ数年続いた散発的な異常気象がついに2010年の今年、ほとんど一年を通じて記録的な豪雨や突風や猛暑などに見舞われるようになってしまいました。わたしたちは今こそ真剣に、現代の文明そのもののあり方やわたしたち現代人の自由行使のあり方などについて改めて深く考え直して見る必要があると思うのです。
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タイトル 日 時
No.1806  自由行使の根本律について−その2
  人間の自由の行使に係わるもっとも基本的なルールについて、これまで、この世の本質およびいのちの本質を損なうことなく、むしろ、それらを積極的に高め、より豊かにするものでなければならない、という風に考えてきたのですが、ここでそれをよりいっそう単純化して考えてみる時、本質主義者は、人間の自由行使の根本律を、この世の永遠普遍の本質である『 全一調和状態の不断の維持 』との兼ね合いから、『 常に全一調和状態を保つように自らの自由を行使する 』というように改めたいと考えます。そして、より単純化されたこの人... ...続きを見る

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2010/11/03 15:09
No.1805  自由行使の根本律について
  いのちの母なる自然を著しく破壊するほどの力を持ってしまったわたしたち人間による自由の行使には、必然的に諸刃の剣的な危険性が伴い、その行使の如何によって、この世に良否両面にわたって大きな影響を及ぼしてしまいます。そのため、わたしたち人間の自由の行使には人類の本質的未来を守るためにもしっかりとしたルールが必要になります。すなわち、自由の行使に関する人類共通の根本律を定め、全ての人間がそれに従って行動することが強く要請されることになるのです。そして、もしも、このことが守られなければ、今まさにわたし... ...続きを見る

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2010/11/03 07:26
No.1804  文明および自由の根本問題について
  人間社会に係わる最上位の概念カテゴリーに属する、かつまた、人間の歴史的活動の総体としての文明は、それに気付いていると否とに関わらず、わたしたち人間の営むあらゆるレベルにおけるあらゆる活動や事柄にほとんど支配的とも言えるような圧倒的影響を及ぼします。このような人間の生活全般に強い影響力を持っている文明について正しい認識を持ち、正しく対応することは、わたしたち一人一人の生涯のあり方に非常に重要な意味を持ちます。   さて、人間は歴史的環境の産物と言えます。すなわち、わたしたち人間は、自らの生ま... ...続きを見る

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2010/10/31 06:17
No.1803  現代文明批評:人類の本質的未来のために
  長きにわたって積み重ねられてきた人間活動の総体としてのさまざまな文明を総合的に批評し、かつまた、自らが今まさにその中に生きている文明自体を冷静に鳥瞰しつつ、その客観的批評の上に立ちながらそれをより良き未来に向けて改善すべく再設計する作業に携わる者を文明デザイナーと名付け、自らをその文明デザイナーの一人と自任する本質主義者は、さらに数多くの文明デザイナーが現代社会に輩出し、お互いにそれぞれの新文明のデザイン内容を比較検討し、かつ、批評し合い、その中から最高最善の文明的改善効果を引き出していきた... ...続きを見る

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2010/10/26 13:26
No.1635  完全社会へのステップ-バイ-ステップ (9)自由と平等について
  人間社会のほとんどあらゆる問題が、さまざまな形の不公平や不平等がもたらす歪みから生じると観察する本質主義者は、人と人との間の自由と平等の関係についても同じように捉えます。すなわち、現代資本主義社会においては、既存の経済的、権利的、性的、身分的、慣習的な不公平・不平等な関係のあり方によって、ほとんどそれと意識すらしないままに、日常的に他者に対する個人的のみならず社会システム的かつ構造的な自由の侵害が生じてしまっていると見るのです。   さて、人間社会において自由と平等とはどこまでも一体的... ...続きを見る

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2010/03/20 22:06
No.1232  現代社会の時代的愚かしさについて
  現代社会に漂う時代的な愚かしさは、この世の本質といのちの本質について十分考えることなく、個人主義的現代人が自己中心的に節度なく現在の物質的豊かさと便利さを追い求めるところからきています。すなわち、その行為が時の推移と共に全体世界に及ぼす影響についてまったく考慮が為されていないのです。その結果、全体世界がどんどん悪くなっていき、やがて全体世界と共にその中に生きている人間も滅びるに至ります。これ以上の愚かしさはこの世にありません。   この世はどこまでも一体的です。大自然と生命系は一体であ... ...続きを見る

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2008/09/28 17:47
No.1082  自由の質が悪すぎる資本主義社会
  本質主義者は、人は皆、それぞれの人生において、それぞれのいのちの本質を自由に転じていくべきだと考えます。それがこの世に命を与えられた人間の本来あるべき姿であり、生きる目的だと思うからです。そして、社会のルールや諸システムはその目的を最大限に遂げることができるように整えられなければならないと考えるのです。そして、間違っても、社会のルールや諸システムがその人間本来の生きる目的を妨げたり、逆に、人間を何か他の目的のために手段化したりしてはならないと考えます。しかしながら、これまでの歴史を省みる... ...続きを見る

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2008/04/15 06:06
この世のすべてはデリケートなバランスの上に
  この世のあらゆる物事はデリケートなバランスの上に成り立っています。大自然の物理的な世界においても、あるいは、この地球生物界の生態系においても、また、生物の体内諸器官による恒常性の維持に関しても、さらには、人間社会のさまざまなレベルにおける組織的な諸関係や個人的な関係においても。   そしてまた、このことは当然、人間社会における自由と平等の関係についてもそのまま当てはまります。つまり、自由も平等も、自己を中心としたエゴイズムや高慢な意識によって他者の自由を侵害したり、他者を手段化したりし... ...続きを見る

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2007/08/11 19:22
平等について
  地球社会の全一調和の中で、いのちの最高本質を実存することを願う本質主義者にとって、自由と同等に重要なことは万人の平等です。   本質主義者は、理想世界の実現には、人々が本質的な自由を身に付けていく(真の自由は精神的な成長と共に身に付けていくものであり、決して単なる個人的恣意の行使ではありません)と同時に、地域住民間ないしは地球市民間において、経済的、権利的に完全に近い平等関係の確立が必要だと考えます。しかも、この平等は、人種的、民族的、宗教的、性的などの別を超え、また、機会の平等や結果... ...続きを見る

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2007/08/03 17:19
自由について
  現代社会に氾濫している自由とは一体何なのでしょうか。個人や組織に許されたさまざまな活動の自由とは一体どのような性格のものなのでしょうか。自由とは本質的な制約の無いことなのでしょうか。   よくよく考えてみれば、この自由の行使ほど高い次元の精神性の裏打ちを要求するものは他にありません。すなわち、自由ほど危険なものはないのです。近代以降の自由放任主義的な経済活動を中心として展開してきた世界の歴史からも明らかに見てとれるように、人間に無暗に自由を与えれば、この世の本質、すなわち、大自然と地球生命... ...続きを見る

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2007/08/02 20:37
本質なき自由
  18世紀ヨーロッパにおける資本主義の発展過程の中で、当時の政治と結びついた一部資本家による市場独占に対する批判として成立した自由放任主義(レッセ・フェール)に基づく思想と政策が時代の主潮となって以来、わたしたちの世界は大きく変貌していきます。市民の自由を求めること自体は歴史の流れとしては正当なものだったと思われるのですが、ただ、人間の利己心を自由に発揮させ国家の干渉を排除すれば、市場における価格機構あるいは神の見えざる手の働きによっておのずから社会の秩序と調和が保たれ、公益にも合致すると... ...続きを見る

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2007/03/28 23:51
本質は実存に先立ちつつ、実存と一体である( 本質は自由に先立ちつつ、自由と一体である )
  本質はわたしたち人間の実存的自由に優先します。本質はこの世の一切に優先するのです。このことは永遠の真理です。この真理を離れては、わたしたち人間の実存的自由も、本質の実現もあり得ません。   もともとこの世界は本質によって完全統合されているのです。つまり、本質がこの世の永遠の最高価値なのです。しかしながら、現代世界はその本質を忘却して、資本主義制度に見られるような、物・金・力・詭弁を優先させる自己中心的自由、すなわち、欲望追求的放恣に流れすぎているのです。このような、人間の欲望の自由追求を本... ...続きを見る

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2006/12/27 07:09
究極目的( 本質展開・本質実存 )
  この世の本質の本質である完全エネルギー界も、そこから生まれた宇宙物質界も、その宇宙の片隅に浮かぶ地球上の生命界も、わたしたち人類自身を除いたこの世のあらゆる世界においては、全てが時々刻々と、その本来の本質そのものを全一統合的に純粋展開しています。そこには目的という意識( 言語的自覚 )もなく、ただひたすらな本質展開があるだけなのです。そして、一切は自ずからなる完全調和状態を保ち続けます。   ところが、わたしたち人間の場合だけは、その高次の精神的機能の獲得によって事情が大きく異なってしまい... ...続きを見る

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2006/11/07 06:26
自由と平等について
  自由と平等とは一体どのようなものなのでしょうか。それは何をしてもいい自由と平等なのでしょうか。それとも、そこには従うべき法とかルールとかがあるのでしょうか。   わたしには、自由と平等とはどこまでも本質の下での自由と平等であり、全体世界の調和を乱さない限りでの自由と平等であり、他の人々の自由と平等の権利を侵さない限りでの自由と平等だと思うのです。もしも一人の人間の自由と平等の権利の行使が、他の人々の自由と平等を阻害するようであれば、それはもはや自由と平等の領域を超えて、他の人々の自由と平等... ...続きを見る

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2006/10/17 20:34
本質的自由
  自由とは何でしょうか。わたしにとって自由とは、心の赴くまま、欲望の赴くままに何かをすることよりはむしろ、自分の、そして同時に世界の、本質的な未来を創っていくことなのです。本質において自己と世界は一体であり、また、真の自由は本質的な自由であり、その本質的自由は自分と世界の本質的未来を切り開こうとします。つまり、わたしにとっての自由は本質的自由であり、本質的未来の創造なのです。   また、わたしにとって未来への方向性を持たない単なる彷徨は本質的な意味を持っていません。同じように、世界との関係を... ...続きを見る

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2005/11/02 04:35
本質産業
  ユートピアにおける産業活動は、現代資本主義社会におけるように、儲かるものならほとんど何でも作って売り捌くというのではなく、住民一人一人の本質活動のために欠かすことのできないものを優先的に生産・供給することを目的としています。   同じように、ユートピアにおける組織( 地域社会や地域社会の階層的な統合体、その他あらゆる形態の組織 )は、地球のあらゆる地域社会の住民一人一人の本質活動を支えることを目的として活動します。   ユートピアは本質最優先社会です。ですから、ユートピアにおける産業も人... ...続きを見る

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2005/10/01 05:36

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